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第15話 木工の奥深さ

どの世界にも優れた腕を持つ達人がいるように、木工の世界にも誰もが認める職人の中の職人がいます。私が学んだ楽器製作学校の先生が、この世界の巨匠と呼ばれる職人達と親しくしていたので、時々彼らが来校して直接アドバイスをしてくれたり、何時間にもわたって質問に答えてくれるという素晴らしい授業がありました。巨匠たちは皆、それが作品の核心部分についての質問であっても、快く答えてくれたので、学生達はまるで秘密の鍵でも手に入れたかのように舞い上がっていました。

学生が聞けば細かな寸法に至るまでを、あまりに正直に教えてくれるので、最後には「あなたには秘密は無いのですか?」という質問まで飛び出しましたが、巨匠からは「雑誌には各メーカーがライバルであるかのように書いてあるが、私は他の人が決めたルールの下で競うつもりは無い。だから秘密にする必要も無い」という答えが返ってきたのです。実際、ライバルとされるメーカー同士でもとても仲が良く、情報交換も頻繁に行われている様子でした。当時はこのようなオープンな環境が不思議に思えましたが、木という自然素材を理解するうちに少しずつ合点がいくようになりました。木材は同じ種類であっても、それぞれ密度や性質が違うため、まったく同じ寸法に加工したところで、同じものにはなりません。同じものを作るには、寸法を揃えるだけでは不十分で、1つ1つ木材の性質を正しく見抜いて、寸法を微調整する能力が必要になります。そんな木工の奥深さに気づいたのはずいぶんと後になってからのことでした。

木工家 アンビル シゲル

アンビル シゲル

1971年生まれ。主にギターなどの弦楽器の製作を手掛ける木工家。
1998年に単身渡米し、アリゾナ州にある弦楽器製作学校に入学。帰国後、千葉県内に自らの工房を構える。木材に対する愛情に溢れ、そしてまた造詣も深い。

© 日本シティジャーナル編集部