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危機管理とは人の命を大切にするセンス!
市民全員が危機感を持って問題に取り組むことが急務

西暦2000年、5月24日、昼すぎに突然成田市北西の方から黒い雲が現れ、瞬く間に何も見えない真っ暗な状態になりました。日中だから当然街灯は全て点灯していない為、正に暗黒の世界です。「これは末世か!」と思いきや、突然、嵐のような豪雨と雷と共にピンポン玉からみかんサイズまであるような巨大な雹が空から大量に降ってきました。気がつくと外には水深10cm程の大量の水がたまっており、あっという間にドアの隙間から浸水し始め、水汲みに追われました。

この降雹による被害をうけた地域は、柏、我孫子、印西、本埜村、印旛を始めとし、成田や富里まで広範囲に広がりました。富里町(当時)では出荷前のスイカが直撃され、ほぼ全滅状態になっただけでなく、広域にわたり屋外に駐車してある車は皆、でこぼこになってしまったのです。そしてこの降雹でけがをした人の総数は百数十名に上りました。この雹の嵐は我孫子市と取手市近辺を基点として最終的に印西及び成田方向に抜けていきました。とすると災害をもたらす異常気象が発生してから、それが成田を襲うまで少なくとも数十分はあったのです。問題はここです。なぜ消防署は住民に対して素早く避難勧告を出さなかったのでしょうか?

災害、危機に対して無防備の成田市

インターネット情報社会では誰でもリアルタイムに気象情報を衛星画像で見ることができますし、地域をまたがって連絡をとりあう情報網があれば、災害に対する情報交換をスピーディーに行うことができます。今回の雹害も人命に害を与える災害の急襲ということで、けたたましいサイレンと共に全市に対して「後10分で巨大な雹がふってきます。至急屋内に待機してください。」とアナウンスするべきだったのです。ところが何の音沙汰もなかったということは、成田市を始めとして周辺地域社会が全て、自然災害に対する危機管理体制に無頓着であり、準備が全くできていないことを暴露しているのです。

消防署や役所の職員が常日ごろ緊張感をもって仕事に取り組み、災害対策に深い関心を持ちながら気象情報をリアルタイムで追いかけているならば、災害情報をもっと素早く把握し、それを的確に市民に伝達する責任を持つべきではないでしょうか?消防署はもしかして暇を持て余しているうちに「言われなければやらない」という体質がマンネリ化して、気象情報の把握さえもおろそかになり、この雹害時においても市民と同じレベルで空を眺めながら、「あれ、やけに雲が黒いな・・・」とのんびりつぶやいていたのではないかと思われます。

危機管理体制とは何を意味するか?

何故危機管理体制が必要なのでしょうか?一言でいえば、それは人の命と権利を守るためです。近代社会が遭遇する危機とは洪水、旱魃、大地震などの天災、武力衝突による国家の戦争、そして社会の秩序を脅かす犯罪や大事故、大事件等が含まれます。すなわち国民の生命と尊厳に悪影響を及ぼす全てのファクターを指しています。そして危機管理体制とはこれらの起こりうる「ハプニング」に対して
1.情報網を整えデータを分析した上で、対策の詳細まで明記されている基本マニュアルを作成し、事故や事件の予防に細心の注意を払う、
2.危機管理室を設置し、常時データを集中管理できる環境の中で、不意の事件に備えて即時にアドリブな対応策が指示できるようにしておく、
3.被害を最小限に食い止めるため、必要不可欠な情報を素早く庶民、行政各所に伝達する情報システムを構築し、周囲の理解と信頼を日頃得ておく
ということです。

危機管理とは避けられる危機は避け、被害を最小限に食い止めることの出来る行政の処理能力を磨くことに尽きます。例えばマグニチュード8.0の大地震が起きて市の半分が倒壊した時、世界的な旱魃が長期化して日本も食料難に陥ってしまった時、温暖化によって水位が増し印旛方面が水没した時、巨大隕石が成田めがけてあと2分で到達するとわかった時、致死率の高い未知の疫病が突然海外から成田経由で蔓延し始めた時、朝鮮半島で全面戦争が起きた時、テロリストによって化学兵器が使われ細菌が成田市内にばら撒かれた時どうするか、というような具体的な事例をベースに、対策の方法が事前に考えられていなければならないのです。

危機管理に弱い日本の国家全体

日本は国境を持たない島国ということで、国際情勢に無関心の人が多く、また経済的にも豊かになってしまったため、危機管理ということに対して何時の間にか無防備になり、一般庶民の関心はきわめて薄くなってしまいました。戦争も、テロ事件も、飢饉も、疫病も全て他人事のごとく捉えてしまう「無関心状態」が蔓延していることは問題であり、危機感の欠乏は日本国民一人一人の心の問題となっているのです。緊張感が足りない為、雹害が襲ってくる、とわかっていても誰も何もアクションを取ろうとしないのです。

危機管理体制の甘さは日本国家全体の問題と言えます。昨今の朝鮮半島問題を考えるだけで、日本の弱点が浮き彫りになりました。例えば先日明らかになった北朝鮮から日本に向けて発射されたミサイル事件です。たまたま日本の領土を越えて三陸沖に落ちたから良かったものの、まかり間違ってそのミサイルが日本に被弾したらどうなったことでしょうか?少なくとも日本の方向にミサイルが発射され、市民に危険を及ぼす恐れがあるというメッセージが戦時中のサイレンのように防衛庁から全国民に対して伝達されるべきです。このままではミサイルが成田に落ちてきても、誰も気づかぬ内に大勢の庶民が死んでしまう危険が高いのです。危機感が乏しいと、ミサイルが飛んできてもまさかそんなことはないだろう、と太平洋に着弾するまで見学するわけです。こんな状態を放置しておいたら、日本の将来はありません。

昨年12月の奄美大島沖での不審船の対応についても不備がありました。海上保安庁は事前に不審船がロケット砲を持っているという情報を得ていました。ロケット砲といっても今からおよそ40年前に旧ソ連軍が開発したRPG7型対戦車ロケットであり、先進国では今日相手にもされない昔の兵器です。しかし武器は武器です。その情報があるにもかかわらず、当初我が国の船を不審船に横付けにして捕獲を試みたのです。これは正に自殺行為です。もし突然対戦車ロケットを撃ち込まれたら大勢の死傷者が出たことでしょう。その後の実戦では波にもまれて相手のロケット砲が船体のブリッジを外れてかすめ去っていったことが幸いした、と聞いています。

今日、世界は戦争の危機を迎えています。テロリストによって化学兵器が悪用される可能性を回避するという大義名分によりアメリカの対イラク攻撃は時間の問題かもしれませんし、イスラエル周辺の事情も極めて悪化しており、インド-パキスタン間の紛争も後をたたないままです。それに加えて朝鮮半島は今でも南北間の緊張感が漂っています。先進国の庶民が世界平和に危機感をもって緊張度を高めて対策に追われている時、日本国民のみ、のんびりと美食、お祭り、レジャーに没頭していてよいのでしょうか?世界の危機を自国の危機と捉え、その危機を回避すべく最善の努力を惜しまずして、将来の危機に備えることが今や不可欠ではないでしょうか。

自ら、成田から危機管理を始めよう

世界は様々な危機に直面しています。だからこそ、危機管理の大切さに今一度着眼し、国民全員が常日頃緊張感をもって心の準備をすることが重要です。そのための第一歩はまず自らの自己改革です。成田の市民一人一人が日本の玄関である成田空港界隈に居住する者として、それなりの自覚と危機感をもって社会情勢を常日頃見極める必要があります。そしてまず、人口10万人の町をしっかりと管理できる危機管理センターを発足させるのです。ここでは情報網と指示体系が勝負です。世界各地から気象、経済、政治などに関する情報を集めて分析し、短期、中期、長期にわたる展望を定めた上で、行政プランに反映していくのです。

また危機管理は強いリーダーシップを必要とし、責任の所在が重要視されます。マニュアル通りに対応できない状況を的確に判断し、命令を素早く出していくリーダーがいなければ、いざという時に即決速攻で対応することができません。すなわち「責任逃れ」や「失敗を恐れる」ばかり優柔不断が際立つ消極的な体質から脱皮して、国際レベルの危機管理センスを磨きあげていくことが大事なのです。そのために人々の安全を願い、人命を尊重することに使命感をもって命をかけるリーダーが必要です。備えあれば憂いなし。成田の将来は、どれだけの人が真剣に危機感をもって未来を見据えるかにかかっています。

(文・中島尚彦)

© 日本シティジャーナル編集部