日本シティジャーナルロゴ

天然温泉諸事情
人々の憩いの場である天然温泉の安全対策とは・・・

6月19日午後2時45分頃、突如けたたましい爆音が空に響きわたり、頭上に無数のヘリコプターが現れました。通行人は皆一斉に立ち止まり、まるでUFOが地球に飛来したかのごとく、あっけにとられて空を見上げています。ちょうどその時、筆者は娘の自転車との並走で、池袋から自分の生まれ育った渋谷の松濤へとランニングしながら、手前の神山町にさしかかったところでした。ヘリコプターの数は十数機にも及び、日中であるにも関らず、低空飛行でサーチライトを照らしながら旋回しています。中には日の丸をかざしているヘリコプターも数機あり、一見して陸上自衛隊が緊急出動していることがわかりました。

「とんでもない大事件がおきたぞ!」そう娘に話していた矢先、すぐそばで中年の婦人が「何が爆発したの?」と携帯電話で話をしている声を聞きました。「とにかく何がおきたのか、見に行こう!」と娘に伝えると、空を見上げながらヘリコプターが旋回を繰り返しているその中心に向かって走り始めました。

温泉爆発事故との遭遇

神山町の坂を上り、建ち並ぶ豪邸沿いを渋谷駅方面に向かって走り抜けると、そこはもう松濤です。ヘリコプターは正に自分の真上を旋回しており、現場のそばまで来たことがわかります。そこから東急百貨店本店に向かって坂を走りおりると、案の定、途中から道路が封鎖されています。数え切れないほどの消防車と救急車が停車し、周辺は大勢の野次馬と警察官、消防隊員でごった返しており、まるでテロ事件でもあったのかと思わせるような緊迫した光景です。テレビの緊急ニュースを見た人からやっとのことで得た情報は、つい最近オープンしたばかりの温泉が爆発して、建物が跡形もなく吹き飛んでしまった、ということでした。当初はテポドンミサイルが打ち込まれたとか、テロリストの爆弾事件という疑いもあり、自衛隊も緊急出動しましたが、実際は天然温泉の爆発事故だったのです。筆者も天然温泉の経営に携わっていることから、他人事ではない思いです。

テープで封鎖された道路の向こう側には警察官と消防隊員、報道陣が大勢行き来しており、爆発現場のある道路の入り口では、何十人もの報道カメラマンが群がるように撮影しています。事故現場は通りから小道に入った数軒目の奥まった所にあるため、一般人はその現場を見ることができません。通りに面する病院は、屋上から報道陣が現場の写真撮影ができるように便宜を図っていましたが、野次馬は当然ながら門前払いです。その封鎖された道路沿いにある松濤郵便局に立ち寄る予定にしていた筆者は、警備中の警察官に「すいません、郵便局に用事があるのですが…」と恐る恐る尋ねると、「どうぞ行ってください!」とあっさり言われ、テープをくぐることができました。郵便局で用事を済ませた後、ゆっくりと道路を歩きながら、報道陣が群がる後方から現場に面する小道を覗くと、そこは正に建物の骨組み以外すべてが粉々に吹き飛ばされた瓦礫の山と化し、大爆発事故が悲惨な爪痕を残していました。亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。

天然温泉とは爆発するものか?

一般的に、天然温泉とは地から沸き出る天然の熱いお湯と考えられています。ところが法的に「温泉」たるものは、「熱い」お湯である必要がないのです。実際、一定の成分を含むことを証明する温泉分析結果を提出し、都道府県知事より認可されれば、正式に天然温泉として営業活動を開始することができます。東京だけをとってみても、昨年度末は大幅に採掘許可が増加し、今日では少なくとも144箇所までになっています。

そもそも日本国内においては、熱い温泉が自然に沸き出るのは、火山層に近い老舗の温泉街が殆どであり、都会でごく最近に掘り当てた、と言われるような温泉は、地下1000mから1500mまで掘削して、そこから鉱泉と呼ばれる地下水を小型の水中ポンプで汲み上げている場合が大半です。千葉県の天然温泉も、主流は冷鉱泉と呼ばれる18-20度位の黒褐色の源泉であり、それを水中ポンプで汲み上げ、ボイラーで暖めています。ボイラーは通常、重油や灯油を使って運転を行う大掛かりな装置ですが、地響きのような騒音や振動があり、一般的には怖がられる傾向にあります。しかしながら、ボイラーはその見かけとは逆に、温泉設備の中でも安全な設備の1つです。基本的にはお湯を沸かすだけの装置なので、まず爆発する可能性はないのです。

では温泉が爆発する原因は何でしょうか?それは源泉が地上に沸き出る時に放出するメタンガスに起因します。東京界隈で汲み上げられる源泉は、2000万年前以降に形成された比較的新しい堆積岩層に含まれる巨大な「南関東ガス田」から引っ張ってくることがわかっており、このガス田には、かつて海底だったころに生物が分解してできたメタンガスが多く含まれ、3750億m3の埋蔵量があると推定されています。

それ故、特に掘削をする場合は火気に注意しなければなりません。また気密性の高い屋内にて源泉を汲み上げる場合は、換気に十分な配慮が必要です。それらのルールが守られないためか、現実問題として天然温泉にまつわる事故が後を絶たず、その大半は掘削現場での事故です。平成2年の北海道池田町での温泉工事中に3名の死傷者を出した爆発事故を始めとし、平成15年には宮崎県西都市の温泉付マンションの工事現場でメタンガスにライターの火が引火しての爆発事故、そして平成17年、東京都北区の温泉掘削現場ではファンヒーターが原因でガスが爆発し22時間も燃え続けたという事故、等が主だったものです。施設における事故としては、平成16年に千葉県下の九十九里にて、換気が不十分であったことが原因でガス爆発事故がおき、男女2人が死傷した事故が記憶に新しいものです。

しかしながらメタンガスは空気より軽く、特定の濃度でしか引火しないため、ルールさえ守れば事故を回避することは難しくありません。また室内にて源泉を汲み上げる際は、当然のことながら設計施工業者は、過去の経験を活かした上で換気扇や煙突等を用いた強制換気装置を設置して外部へガスを放散させるようにし、同時にガス感知器を設置します。管理をきちんとしていれば、屋内の装置であっても問題はありません。

シエスパが爆発した原因は?

東京都もこれらの温泉事故についてデータを保有しており、それらの内容を検討した上で、温泉発掘時のガス事故を防止するため、可燃性ガスの遮断装置や検知器の設置等の安全対策指導要綱を平成17年に決めています。シエスパは、リゾートホテルや消費者金融事業を手がけるユニマットグループの子会社であるユニマットビューティーアンドスパが平成18年1月に設立した温泉事業です。それなのになぜ、東京都の指導要綱が活かされずに事故がおきてしまったのでしょうか?実は残念なことに、シエスパの源泉は平成15年に掘削を完了していたため安全対策指導要綱の対象にならないばかりか、この指導要綱は既に営業を開始している温泉に対しては適用されないのです。

今回の大事故の直接的原因はこれまでの事故と同様にメタンガスであったことがわかっています。シエスパの汲み上げ施設は渋谷の商店街そばに位置しているため、3方向が建物で囲まれた狭い敷地内にあっただけでなく、源泉を汲み上げて一旦貯める設備を地下1階に作ったことが、室内の気密性をより高いものにしてしまったのです。つまり強制排気を常時行わなければ、必然的にメタンガスがたまりやすい構造上の問題を自ら抱えていたのです。そして換気設備の不備により、地下室などから逃げ場のなくなった天然ガスが部屋に充満し、引火して爆発した可能性が高いと考えられます。

大和の湯の安全性は確か

では成田市にある大和の湯は安全でしょうか?渋谷シエスパの事件直後、国からの要請で、大和の湯にも消防署の緊急特別査察が入りました。館内をくまなくチェックして頂いた結果、大和の湯は間違いなく安全であることが再確認できました。

成田市の端にある大和の湯は、以前は「成田温泉」と呼ばれ、その歴史は30年程前の昭和51年まで遡ります。当時の週刊現代に掲載された長文紹介記事によると、1000m以上を掘削して掘り当てた成田温泉を基点として、東洋一の歓楽街を成田市に作ろうという計画があったようです。そして平成10年、成田の老人クラブの方々に支援されて、成田温泉が「大和の湯」に生まれ変わったのです。広々とした自然の中で毎分120リッター程ふんだんに汲み上げている源泉だからこそ、まず安心できます。

また、現在の建物は天然温泉施設としてはめずらしく、30cm厚の構造壁を用いた鉄筋コンクリート造となっているため、大型の地震がきてもちょっとやそっとでは崩れないほどの頑丈な建物です。その1階部分に源泉のピットがありますが、そのスペースも広く確保されているだけでなく、万が一そこからガスが出た場合でも防爆型ファンが設置されているため、簡単に壁の上部にあるガス抜き用の通気口から排気されるようになっています。また、屋外に設置された源泉タンクの上部にもガス抜き用のパイプがあり、そこからも放出できる仕様になっています。無論、メタンガス探知機も設置しているほか、複合火災受信機もあり、防火管理者も現場に常駐しているから安心です。

成田の地元にある「大和の湯」が安全な天然温泉であることは嬉しいことですが、日本全国にある全ての温泉が、安全に楽しめる癒しの場となることを願ってやみません。

(文・中島尚彦)

© 日本シティジャーナル編集部