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第4回 ~初冬の白菜~

静かに静かなお正月が明けました。いえ、いつも静かですのに平常は忙しすぎてそれに気付かないのでしょうか。

初日の出に手を合せ、今年の吉方(南南東)から順次四方を拝する拍手は、一年の運を占うかのように何かしら毎年緊張してしまいます。

年末のお掃除もゆきとどいていて、どこを見渡してもすっきりときれいです。おだやかに時がゆっくりと廻っているようで、いつもかくありたきものと思い乍ら…。

新しい年が始まった事をもう一度自分に言い聞かせるように目新しく家中を見廻し、そして何よりのんびりさせて頂けるのもお正月ならでは。

床の間の松飾り、福鈴、どこかしこにおめでたいものづくしのお正月は本当に晴れやか。

漆のお祝膳に屠蘇飾、お重、年一度手にする蒔絵のお椀などすべて漆一式で祝うお正月の御馳走は、なを晴れやかで心なごみ、一年の門出にふさわしい輝きに見えるのです。

陽当りの良い縁側に座りますと、やたら両の手が目につきます。

真偽の程は分りませんが昔から「お爪楽、髪苦労」という言葉があって、髪の早く延びる人は気苦労性、爪は楽性とか。私の髪は早よう伸び、そして從に細長い爪ですが、人知れずハミガキ粉(昔歯磨きは粉でした)や、おしろい花の実で磨いた少女の頃を思い出しながら「暮からの忙しさに充分答えてよう働いてくれました」。手を眺め乍らしみじみ御礼を言いたくなるのです。

「あんた達のお父さんもこの手が育てたんですよ」…孫達に心の中でそう囁きながら…きれいな美しい孫達の手を見る。私もかつては…。

大姑、姑夫婦、そして大勢の中に嫁いで来た日から本当に働きづめの手でした。

凍えそうな冷たい水仕事、台所に立働き、遅いにつけ多勢の空気に教えられながらもう何十年が経ちました。

髪の毛がしなやかになる頃、人の心もまろやかになるといわれますが、お料理にしても最近は材料そのものを生かす工夫、いや主役、脇役の色分けが出来て人様をお立てする事も少しは弁えられるようになって来たのでしょうか。

食量的に多くという時期もすぎますと、その物に含んでいる水分だけでかさ低く、そして無駄なく調理する工夫も思いつきますもので、霜をおびて甘さが増し、きっちりと巻いた白菜を洗ってお鍋に切口をきれいに並べ、その間にベーコンやウインナーをはさみ入れます。そして上から塩胡椒をパッパッと振りかけ、ふたをして火にかけますと白菜自身の持つ水分で調理する事になります。ご年配には蛤、魚、鶏肉などよろしい。

1985年頃、私はある所でこれをご披露し、表彰されたことがありまして。

時には冷蔵庫に残っていたお餅も上に並べ「カンタン鍋」と称して、…以来今も生徒の皆さんのご好評となっています。

白菜は何と言ってもさくさくとした歯切れが快いものですが、冬の陽ざしに当て、ある程度の水分を調節しますと又違った歯ざわりのお漬物が出来上がります。

しんしんと積もる初雪の音を聞き乍ら、深夜ひとりひっそりと向かうお茶漬けには余分な水分のない白菜の純粋な歯ごたえがじわじわ伝わって来るよう。

年末年始のいろいろなご馳走の後を締めるお漬物は、すべてのお料理を価値づける役目をも充分致しますもので、心きいた器に色美しく盛り付けられたお漬物こそ誰の心もなごみ、ふるさとの山や川をすら想い出させてもくれますよう…。

さて、白く淡い茎に黄緑のやさしい色あいの、今は「しろ菜」と言っていますがこの菜っ葉こそ、昔、本当はそれを白菜と呼んだのでした。

(文・今井幸代)

今井 幸代

代々旧御室御所仁和寺領の庄屋を務めた家に生まれる。
現NHK文化センター講師(京都教室・青山教室) 琴・華道は師範、ほかに茶道・仕舞・日舞・ピアノ他、京の芸事全般を習得。趣味は料理・漆器特に日本建築。
テレビ(地元KBS)・ラジオに出演中、著書多数。世界の食をリードする雑誌S A V E U R(サブール)の選ぶ「世界の100人」に日本人唯一人選出されている。

■ 編集部よりお知らせ
そろそろ初花の咲くおめでたい頃ですが昨年今井先生には誠におめでたく天皇陛下から褒章をいただかれるという特に思い出深い年としてジャーナル誌にとっても誠にうれしく、心からお祝い申し上げます。

――おめでとうございます。今後の抱負を、お聞かせください。
今井先生「有難うございます。今後も何か社会のお役に立ちますよう心して参りたくよろしくお願い致します」

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