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壊れれば直す

ヨット

ヨットは波にもまれ潮風を受け、想像以上のダメージを受けながら走っています。大きな波頭を超えた瞬間舳先は空中に浮かび、次の瞬間海の上に落ちていきます。また、風を受けバランスよく走っているときは問題ありませんが一旦波に突っ込み船が止まると、セール(帆)全体に風をまともに受けその力はセールからマストへ、マストから船体へと伝わります。FRP(強化ガラス繊維)の固い船体はゆがみ、アルミのマストはしなり、セールは伸び、ステイ(マストをささえるワイヤー)も伸び、全てのものが限界まで自然の力に抵抗します。この瞬間少しでも弱いところがあるとそこは壊れてしまいます。止め具の一部が破損し調整用のロープが所定の位置からはずれてしまう程度であれば問題ありませんが、ステイが切れるとマストは支えを失い倒れます。

ある夏の練習中、快調にヨットは走っていました。バシッという音とともに足先を船内に掛け上体は船の外に出しバランスを取っていた私は突然海の中。海中より顔を出してみると船は何事も無かったかのごとく海に漂っています。しかし、よくよく見ると何かがおかしい。ヨットはそれまであったマストとセールがなくなり貸しボート屋の手漕ぎボート状態。海から船によじのぼりよくよく見てみるとマストはセールもろとも横倒し。チェックしてみるとステイがデッキの上部20cmのところで切れています。海上では修理もできずモーターボートに曳かれ、陸上で詳しくチェックしたところワイヤーの内部は既に錆びボロボロの状態。当時は外からざっと見て問題なしとしていましたがそれ以降、中味はどうか念入りに確認するようになったことは言うまでもありません。

学生時代は貧乏クラブのため練習用古いセールは破けるのが当たり前。船齢が古い船は船体にもひびが入り浸水し、木製の船体のデッキははがれ、ロープは切れとどこもかしこも満身創痍。一日の練習が終わり後片付けが終了し、夕食、ミーティングも終わった後貴重な自由時間は修理時間となってしまいます。食堂にセールを持ち込み不器用な手つきで破れたセールを縫い、壊れた部品を一生懸命金槌とペンチでまっすぐに戻し、船体の亀裂は紙やすりを掛けたあと樹脂を流し込むといった具合で修理に精出します。ようやく直り次の日海の上に出たとたん同じところが又壊れ、午前中の練習途中でリタイア。浜で修理が完了した頃には日暮れも近くその日は修理だけで一日が終わってしまうということもままありました。もっとも毎日練習ばかりしているとたまには休みたくなりすぐに何かが壊れたといっては練習をさぼっている者も中にはいたことも事実ですが。

何回もこうして壊れては直しということを繰り返していくうちに自然と壊れやすい部分はどこか、壊れる直前の部品の状態はどうなっているか、船を壊さないためにはどういった操船をすればいいのか、といったことを覚えていきます。実際に自分の手で直し、きれいになった船が風を受けて走るとその船は我が子のように思え、直したところは他人には触らせたくないという気にさえなります。修理の方法もいくら本を読み“知識”として知っていたとしても実際に自分で経験しないと“知恵”として活用することはできません。最近は何でもインターネットで知識を得ることはできますが、実体験の場が少なくなり頭でっかちの人間が増えてしまうのではないかと心配です。また、壊れた物は捨て新しい物を買うのが当たり前になりつつありますが、ひとつのものをとことん直し最後まで使い切ったときの感激も是非忘れないようにしたいと思います。私は今でもマストの倒れたあの事はいい経験だったと思っています。(もっとも1回だけで十分。2度とは経験したくない事ではあります)

(文:高坂昌信)

© 日本シティジャーナル編集部