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命名

ヨット

今から10数年前、初めて仲間と小さなクルーザーを買いました。それまではヨットのオーナーと知り合いになり、クルーとしてメンバーの一員に加えてもらう、いわば居候のような形で若手が集まっていました。ところがそのヨットのオーナー(こちらは我々より平均年齢が10歳ほど上)たちが解散することとなり急遽乗る船がなくなりました。残された私たちの取る道は、新しいオーナーを探す、自分達でヨットを購入する、ヨットに乗ることをあきらめる、この3つのうちのどれかです。そんな中で、自動車でいえば試乗車にあたる、新品だけどちょっとメーカーで使った艇が格安で購入できる話を聞きつけました。何とか継続してヨットに乗りたい私たちは、今までのメンバーだけではちょっと予算が足りないので新規のメンバーを集めて憧れの船を買うことにしたのです。

船の置く場所を決め、一応会則なる物も作成し、金策に頭を悩ませながらも各メンバーともにウキウキ気分で引渡しの1週間前を迎えました。と、ここで船名が決まっていないことに気づき、あわててメンバー間でどうするか連絡です。当時はまだ個人の家にFAXもなく、e-mailの言葉さえ無い時代です。各自会社のFAXをこっそりと使い、まとめ役のメンバーへ希望の船名を5個記入し送信。まとめ役は全員の候補リストを再度返信し、改めてその中でどれがいいか再投票し、一番投票数の多いものに決定しようということになりました。ところがこの手順で進めたところ、全員均等に費用を負担していることもあって発言力も同じの為なかなか自分の意見を譲らず、やはり票が割れて決定に至りません。しょうがないので最終決定は引渡しの当日ハーバーで行うこととしました。

引渡し当日、それぞれの家族を引き連れヨットハーバーへと向かったメンバーは、購入した船を万国旗で飾り付けし、これで本当にヨットのオーナーになったという感激で興奮気味の中、船名最終決定の打ち合わせです。ところがこの後に及んでもなかなか決まりません。家族も含めてもう一度考え直そうとか、くじ引きで決めてしまえとか、決める方法についてまで意見が割れて収拾がつかなくなり、まわりではメンバーの子供達がガサガサ走り回り、おなかがすいたとぐずり始め、皆がいらつき始めたそのときです。

幼稚園の子供が「じゃじゃまる!!」と一言。当時のNHKの子供番組で人気の、このキャラクター名を聞き、船の名前には××丸とつくものも多いし、良いのではないかと誰かが言うと、またたく間に話がまとまってしまいました。当然FAXでやりとりした数多くの候補にはなかった名前で、今までの長いやりとりは一体何だったんだと思いながらも、ようやく懸案事項が片付き、ほっと一息です。名前も決まり晴れて初乗りを楽しみ無事引渡し式も終了しました。

船名と一緒にじゃじゃ丸の大きな顔のシールを船首に貼り付けたヨットは、現在でも浜名湖で週末にレースで活躍しています。船名1つ決めることにこんなにもめたことも、今となっては良い思い出です。メンバーもまだ20代後半と若く、初めて自分達のヨットを持つ感激があったため、あれだけ真剣に考えたのです。名付け親の幼稚園の子供も今では成人式を終え、当時のメンバーも各地に散ってしまいましたが“じゃじゃ丸”の名前は私にとって一生忘れることができない名前となりました。

(文:高坂昌信)

© 日本シティジャーナル編集部