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春の海

ヨット

4月も半ばを過ぎると、天気さえ良ければTシャツ1枚で過ごせる時期になってきます。冬の間は海から遠ざかっていた軟弱セーラーもようやく腰を上げ海に向います。寒い季節にヨットに乗っているのは、レースの練習に明け暮れる本当の意味でのスポーツマンか、或いは季節に関係なく週に1回は海に出ないといられない海に取り憑かれてしまった人の、2種類の人達だけです。レース派はひたすら船のチューニング(セールの取り付け方やロープの引き込み具合を調整すること)を繰り返し、クルー(乗組員)のチームワークを鍛える為の単調な動作練習に、雨が降ろうと風が強かろうと精を出します。一方、海に取り憑かれた男は、何は無くとも船に乗り込み、風が強く悪天候の場合は船内で風の音や波の音を聞きながら船の補修をしたり、次のクルージングの計画を立てたり、本を読んだりして一日を過ごします。このタイプにはどちらかというと大勢でにぎやかに乗るのではなく、独りで知らぬ間に来て知らぬうちに帰っていく人が多く見られます。

私の仲間も10年程前まではレース派で、ヨットに乗る=競争ということでしか考えることができない人種でした。休みという休みは全てヨットのために使い、家族の白い目に見送られて毎週ヨットハーバーに通っていました。ところがレースから足を洗いのんびりクルージング派に転向したとたん、雨が降れば天気が悪いので今日はやめよう、風が強ければ予定を変更して30分で港に戻るという軟弱そのもののグループに変身してしまいました。

そんなメンバーが春の暖かい陽気につられて海に出るのがちょうど今ごろの時期となる訳です。寒い時期じっとこもっていた虫たちが動き出すのと同様、ものぐさなヨット乗り達がヨットハーバーに集まり、春の陽射しを受けキラキラと光る海を目指して船を出します。透明感があり富士山がはっきり見える冬の冷たい空気は春の訪れとともに暖かくなり、霞みもかかり、夜には"朧月"も楽しめます。天気が良く風速も5m以内であれば実に快適です。真夏は暑過ぎて日射病の一歩手前の状態になる危険性もありますが、4月、5月のこの季節は暖かい陽射しが本当に気持ちよく感じられます。天気さえこのまま変らず楽しい一日が過ごせればごきげんです。とはいえこの時期の天気は変りやすく一定した状態は長く続きません。"女心と秋の空"と言いますが春も秋と同様、天気が変りやすい季節です。午前中雲ひとつ無い絶好のヨット日和も、ちょっと雲が出てきたと思うまもなく突風とともに雨が降ってくる、といったこともしばしばです。天気ばかりは完全に予測することはできず、ましてコントロールすることなど恐れ多く、ただひたすら良き日であることを願うばかりです。雨が降り、冷たい風が吹くと春の海はたちまち冬の海に豹変します。厚手のセーターにオイルスキンの合羽を着ていないゲストはたちまちにして濡れ鼠になり、すぐに風邪をひくこと間違い無しです。ところが軟弱なヨット乗り達は天気が悪くなりそうだと思ったら即座にハーバーに戻り、船内で宴会をはじめてしまいます。このあたりの引き際の決断はなかなか難しいところですが、今までに何度となくちょっと無理をしたばかりにつらい思いをした苦い経験があるため、近年では滅多に悪天候の中、必死の形相でハーバーに逃げ帰ることはなくなりました。

何はともあれ今年もそろそろ海に出かけることにしましょう。

(文:高坂昌信)

© 日本シティジャーナル編集部