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ヨット

ヨットの舵は車で言えばハンドルですが、その形や使い勝手は少々異なります。小さなヨットではティラーと呼ばれる1本の棒と、その先端から360度動かすことができるエクステンションと呼ばれる延長のための棒からできています。艇長は通常、進行方向に向って90度の向きにデッキに座り、首だけ進行方向に向け、正面から伸びてきているエクステンションの棒をひざの上や体の脇で操作します。エクステンションを押すと舟は自分が座っている側に、引けばその反対側に向きを変えます。最初はこの操作が意外と難しく、頭ではわかっていても本来と反対の操作をしてしまったり、どちらに動かせば良いのか必死に考えているうちに船は思わぬ方向へどんどん進んでしまったりと、酔払い運転のごとく蛇行して進むこととなります。

車のハンドルとの違いはもう1つあって、車のハンドルは手を離せば基本的に真っ直ぐの状態に戻ろうとしますが、ヨットの場合は手を離すとヨットの行きたがっている方向に果てしなく進んでしまいます。そのため万一帆走中に舵を放してしまったり、エクステンションの付け根が外れたりした場合は、その瞬間に船は勝手に向きを変え、風の強い時は1回りし、セールが反対側からの風を受け、最悪ひっくり返ってしまうこともあります。それほど重要な舵ですが、通常は単なるアルミ棒の先にゴムの球がついている仕様が基本です。但しこのままではしぶきで濡れると滑りやすく、持ち替えるタイミングで手離してしまいがちです。そのため持つ部分に細いロープを巻いたりスキーのストックのようなものをつけてみたりと色々工夫して滑りにくくします。

小さなヨットのスキッパーは、常に片手はティラーを持ち、もう片手はセールをコントロールするシートを持って両手ともにふさがった状態で操縦しています。シートはクリートと呼ばれるものに固定することもできますが、ティラーだけは固定できない為、どうしても両手で他の作業をしなければならない場合は、足で操作することとなります。漁師が手ぬぐい鉢巻を頭に巻き、足を舵棒にかけ、煙草を吸いながら漁場に向うあの要領です。ヨットのレースではできるだけ短時間に、色々な操作をしなければいけないのでこの裏技を使いますが、のんびりクルージングの場合も重宝します。片手にビール、片手にティラーということでのんびりクルージングしながらビールは飲めますが、おつまみが食べられません。風が弱い時はビールを置いておつまみを食べればいいのですが、風が強く波もあるときはビールを手から離すことはできず、かといっておつまみも食べたい。舵の当番は代わったばかりなので他のメンバーに交代もできない、お客さんばかり乗せているので他の人には任せられない等の状況下では、足で舵をコントロールし、左手にビール、右手でめでたくおつまみを食すこととなります。もっともこの姿は傍から見るとあまりかっこいい姿ではなく、ヨットという言葉に思いっきり優雅なイメージを持っていたWサンは、初めて乗ったヨットで運悪くこの姿を見て今まで持っていた理想の姿がいっぺんに消え去ったとショックを受けていました。加山雄三や石原裕次郎が帽子をかぶっておしゃれなウェアに身を固め、グラスでシャンペンを飲んでいるヨットのイメージとは違い、私の周りは裸足で単パンの上からおなかの肉がはみ出し、頭の毛も侘しくなった中年のおっさんばかり。これはちょっとさびしいことではあります。

(文:高坂昌信)

© 日本シティジャーナル編集部