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シャックルキー

ヨット

一般の生活ではあまり見かけませんが、ヨット乗りなら必ず知っていて1つは持っている必需品がこのシャックルキーです。これは馬蹄形をしたシャックルと呼ばれる金具のネジを締めたり緩めたりする為の道具で、ネジの頭の部分を細長い隙間にはさみ、梃子の原理で固くきっちりと締めこむことができます。ペンチやプライヤーでも問題ありませんが、このシャックルキーだけでヨットの儀装(部品のセッティング)ができてしまいます。海で使用する為錆びないように材質はステンレス製です。シャックル自体は工事現場でクレーン車が吊り上げるワイヤーの先についている位しか目にすることはありませんが、ヨットに限らず船ではこのシャックルが大活躍しています。

使う場所や力のかかり具合によって大きさが違うものや、締め付ける部分がネジではなくワンタッチで解除できるタイプのもの、金具を90度ねじったタイプのものなど種類も様々です。セールに関連するところだけでもメインのセールを引き上げる為に一番上の部分に一つ、後ろの部分を止める為に一つ、マスト部分の一番下にも一つと計3個のシャックルが使用されています。マストに固定されているブロック(滑車)もそれぞれシャックルで固定しています。いずれの部分もネジが緩んではずれるとセールが落ちてきたり、風に合わせて帆を調整することができなくなる為、出港前には必ずしっかりとネジを締めます。

写真左:シャックル 写真右:シャックルキー

写真左:シャックル 写真右:シャックルキー

ところが初心者の頃は事の重要性をわからず、きっちりと締めずにセーリングに出てしまうことがあります。出港時はおだやかな天気だったのが突如として突風が吹き、海面に白波がたち、空には一面雲がかかり薄暗く怪しい雰囲気が一杯の時に「そのとき」はやってきます。パシッという音とともに船はバランスを崩し、今まで風を受けていたセールはバタバタと音を立てはためき、しっかりと止めていなかったシャックルが取れコントロールが効かない状態になります。このままでは帆走できないので、風任せに左右に揺れるブームを取り押さえながらはずれたシャックルを予備と交換する作業は簡単ではありません。大きな波で船の向きが変わると風を受ける方向が変わり、手で抱え込んでいたブームはその手を離れ、今しがた引っ掛けていたシャックルはその勢いで海の中へ消え去ります。いかに手早くネジを仮止めし、シャックルキーを使ってネジを締めこむかが勝負の分かれ目です。初心者はこの要領がつかめず、スキッパー(艇長)の“もたもたしないでとっととつけろー!!”の罵声を聞いた瞬間、頼みの綱のシャックルキーも海の中へ落としてしまうという間抜けなこともやらかしてしまいます。

シャックルキーを自在に使いこなし、出港前のセッテイングも間違いなくできるようになるとヨット乗りとしても一人前。事前の準備がしっかりしていれば、こういったアクシデントも起こらず、また起こりそうになると危ない気配を事前に感じ取る事ができるようになります。何事も経験を積むということは大事なことですが、ヨットの場合も様々な失敗を積み重ね、このまま海の藻屑となってしまうのかと思うような危険な体験を積み重ねることにより、本当の意味で潮っ気のある一人前の海の男に近づいていきます。飲み屋の女の子の前で、シャックルキーをビールの栓抜き代わりにし薀蓄をたれる小道具に使っているようではだめですね。

(文:高坂昌信)

© 日本シティジャーナル編集部