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センターボード

ヨット

ヨットのまん中に必ずついているのが文字通りセンターボード。この板はとても大事な部分で、これが水中にあることによってヨットは風が吹いている方向に進むことができるのです。クルーザーとよばれる大型の船はこの部分におもりの役割を持たせ、船がひっくりかえらないよう復元力もつけています。小さなヨットでは板状の物を船体の底に突き出します。水中に突き出している訳ですから、当然その分水の抵抗を受けて船のスピードは落ちてしまいます。従って、風上に進む時以外は邪魔な物でしかない為、その板を引き上げる仕組みとなっています。

私が学生時代に乗っていたスナイプクラスでは、このセンターボードがアルミの板でできていました。バーベキューの鉄板よりも厚みがあり、本格的な鉄板焼きのお店でもつかえそうな立派なものです。この板をレース中は何回も上げたり下げたりします。この役割は、ヨットの前方に乗っている、クルーと呼ばれる人が行ないます。一番下げた状態のセンターボードはほとんどが水中に突き出ている為、通常は船内には一番上部の取っ手のみ見えているだけです。ところがスナイプクラスのセンターボードは単に船のまん中の切れ目に垂直に差し込む形状になっている為、引き上げた状態ではボード自体が船底から船内に突き出てくることとなります。邪魔です。クルーが普通の体格の人の場合はまだ問題ありませんが、自称90kg、本当は100kg超えていると言われていた巨漢Tさんと一緒にペアを組んだ時は大変でした。センターボードを引きあげると、Tさんの巨体のおかげで左舷から右舷への移動ができなくなってしまいます。移動のたびにいちいちセンターボードをおろし、移動終了後またもとにもどすと面倒きわまりない為、Tさんと一緒に乗る時は特例としてセンターボードのあげおろしはしないこととしてセーリングすることとなりました。

また、当時はセンターボードを含め、マストやセールなど全ての儀装品は一日の練習が終わると全て取り外し、合宿所の倉庫に保管し、翌朝朝起きるとまた海岸のヨットまで運び取り付けるということを行なっていました。このときに一番苦しめられたのもこのセンターボードです。同じヨットでもクラスの違う470級のセンターボードは船に備え付けの為持ち運びは不要。それに引き換え、何の因果かスナイプ級は取り外しが可能。20kg近くあるアルミの鉄板の取っ手を頭上で押さえ、背中にボードを背負い込む姿は、まるで土嚢を運ぶ捕虜の姿のようです。一日の練習が終わり疲れきった後、合宿所までの上り坂(通常海からの帰り道に下り坂は残念ながら存在しないのです)をとぼとぼ歩く事は、今思い出しても2度とやりたくないことのひとつです。(おかげで重いものを背負って運ぶことはうまくなりました)。徒弟制度の体育会ヨット部では、この役目は最下級生1年生の役割と決まっていました。2年生になる時点で新入生の勧誘に精を出し、1年限りで無事お役ごめんとなりましたが、そんな時から30年近く経った今でも、寝苦しい夜などにはセンターボードに押しつぶされそうになって苦しんで夢から覚めることもあるほど、強烈な記憶として残っています。折角ならヨットに乗っている海の上の気持ちいい夢を見たいのに、陸上でのこんな記憶が残っているとは…センターボードの影響力は私にとって想像以上に大きなものだったと今さらながら思ってしまいます。

(文:高坂昌信)

© 日本シティジャーナル編集部