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-私のラクダ- 2

ラクダの朝市

前回は、私が国連職員として内戦最中のソマリアに赴任したところまで書きました。後でわかったことですが、ソマリアは世界最大のラクダの産地なのです。ラクダにはアフリカ中近東インドを中心に成育するヒトコブラクダと中央アジアを中心に成育するフタコブラクダがおり、全体の9割以上はヒトコブラクダでその5割近くがソマリア産なのです。ラクダは砂漠の動物として知られていますが、草木のまったくない砂漠ではいくらラクダでも生きていけません。潅木の茂る半砂漠地帯がラクダの成育に最も適しており、ソマリアの気候風土がまさにこの半砂漠なのです。

さて、ラクダを飼いたいと事務所の現地職員に相談すると、ラクダの朝市に行けばいいと教えてくれました。バイドアはラクダ取引の中心地なので、毎朝町はずれにラクダ市が立つというのです。早速出かけることにしました。市場といっても建物があるわけではなく、ただの広っぱです。そこに数百頭の大小様々、色合いも様々なラクダが出荷されているのです。大きなラクダの身長は3メートル近くもあり、体重も600キロ以上あります。それまでの私はラクダなど動物園で柵を隔ててしか見たことありませんでしたから、近寄るとさすがに怖くなりました。見て回ると、まだ生まれたばかりのベビーラクダがいました。背丈も1メートルくらいならかわいいし怖くないから、これにしようと売主に掛け合うと、「ベビーラクダはまだ乳飲み子だから、母親ラクダと一緒じゃないと売らない」というのです。そう言われれば尤もな話で、子猫や子犬なら哺乳瓶でミルクを与えることもできますが、いくらなんでもベビーラクダに哺乳瓶でミルクを与えるわけにもいかないし、毎日ラクダミルクを手に入れるのも困難です。というわけで、ベビーラクダはあきらめ、乳離れした子ラクダを探すことにしました。身長1.5メートルくらいの子ラクダが目に留まったので訊いてみると、生後2年半のメスの子ラクダとのこと。近寄ってもおとなしく、ボケッとして愛嬌のある顔、長い睫毛と潤んだ瞳を見て、私はいっぺんで気にいりました。値段の交渉は案内をしてくれた現地スタッフに任せたのですが、値切って69ドルとのこと。生きたラクダが一頭わずか7,000円!さすが生産地の卸値は安い!と即金で買いました(日本で買えば一体いくらするのでしょうか)。

こうして私はラクダのオーナーになりました。まずは名前です。地元の人にも覚えやすいようにソマリア語の名前にしようと考えましたが、人の名前ではまずいかもしれず、日本で犬にクロとかシロとか名づけるノリで、このラクダの色はソマリア語でなんと言うのかたずねたところ、ダアリ(正確には、ダッハッリに近い発音)だというので、いい名だと思いそれに決めました。ダアリとは「薄い赤茶色」という意味です。ソマリア語で名前をつけたのは正解で、みんな一度でダアリの名前を覚えてくれました。しかしソマリア人にとっては、ラクダはライブストックつまり生きている財産であり、売り買いしたり食料にしたりする動物ですから、ペットとして飼う習慣はありません。だから私が買ってきたラクダに名前をつけたときいて大笑いをしていました。今度来た国連職員はラクダに名前をつけて飼い始めたぞという話は、一夜にして町中に広がりました。町中の人々が、私の名前は知らないのにダアリの名前はすぐに覚えたのです。

(次回に続く)

(文:井上 健)

井上 健(いのうえ けん)

井上 健(いのうえ けん)

1957年東京生まれ。早稲田大学政経学部在学中に400日間世界一周の一人旅をし、国際協力の道に志す。卒業後、イギリスのサセックス大学開発研究所に留学、開発学修士号取得。その後、国際公務員として、ワシントン(世界銀行)、トリニダード・トバゴ(国連開発計画)、タイ(国連カンボジア人道支援室)、カンボジア(国連カンボジア暫定統治機構)、ソマリア(国連ソマリア活動)、スイスとドイツ(国連ボランティア計画)、コソボ(国連コソボ暫定統治機構)、東京(アジア生産性機構)に勤務し、現在は東ティモールの国連統合ミッションでガバナンス部長を務める。専門は、国際開発協力、人道支援、平和維持・構築など国際協力業務一般。好奇心が旺盛で、世界各地を訪ねて、何でも食べ飲み人々と交流することが大好き。これまで住んだ国は12カ国、訪れた国は80ヶ国余り。毎週必ず何かひとつ生まれてはじめての経験をすることを心がけている。

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