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-私のラクダ- 6

散歩中

ソマリアの朝市で買った子ラクダのダアリを苦労して調教し、ついに乗りこなせるようになった私は、ますます地元の評判になり、わざわざラクダに乗っている私を見に来る人もでるほどでした。私も同僚や友人にダアリに乗ってみないかと勧め、みんなで乗馬ならぬ乗駱駝を楽しみました。面白いことに、町に住むソマリア人の中には、ラクダに乗ったことがない人が少なからずいたことです。考えてみれば日本人がみな空手や柔道の有段者というわけではありませんから、ソマリア人でもラクダに乗れない人がいて当然です。でもそういう彼らから見て、ラクダに乗っている日本人というのは、やはりちょっと変わったやつだったのかもしれません。

唯一残念だったことは、治安上の理由で町中を自由に歩き回ることができなかったことです。そこでわたしは、国連事務所のある敷地からすぐのところにある飛行場までダアリに乗って行くことにしました。飛行場はインド軍によって警備されている上、飛行機やヘリコプターの発着は一日に一回あるかどうかです。だから広々とした滑走路を私はダアリに乗っていつも好きなだけ散歩したのです。実にいい気分でした。

ある日、いつものように飛行場に散歩に行った帰り道のことです。路上に牛が一頭出てきていました。私が乗ったダアリがその隣を通り過ぎると、どういうわけかその牛がついてくるのです。それも我々のすぐ斜め後ろを歩いてきて体が触れ合わんばかりでした。私は、これでダアリが暴れたりしたら大変だな、どうしようか、でもここで立ち止まったらこの牛に小突かれるかもしれないなあ、などと考えていました。すると突然、横に寄ってきた牛にダアリが横蹴りを入れたのです。たまたま目撃したのですが、それは見事な横蹴りが牛の横腹に決まりました。驚いたのは牛でしょう、モーたまらんという声を上げて逃げていきました。ダアリの横蹴りを見たのは、これが最初で最後でしたが、あんな横蹴りを人間がまともに食らったら肋骨が折れたり内臓が破裂したりするだろうなあ、と内心怖くなりました。とはいえ、私とダアリの友情は深まり、ダアリはほんとに私によくなついてくれました。

話は少しそれますが、ソマリアには「ラクダ蜘蛛」と呼ばれている蜘蛛がいます。足が長くて色がラクダ色をしているためです。しかし似ているのは色だけで、非常に危険な毒蜘蛛です。ちょっと体の上を歩かれただけで、ものすごいミミズばれになります。私の部屋にも何度か出没しましたが、幸いなことに被害に遭うこともなく退治できました。それから、ソマリアにはさそりもいます。刺されると足が猛烈に痛んでしばらくは歩けなくなるといわれています(大人なら死ぬほどではないようですが)。ある日私がシャワーを浴びていると、そのさそりが排水溝の中から突然出てきたのです。こちらは素っ裸ですからさすがにあせりましたが、近くに殺虫剤のスプレーがあったので、すぐにさそりに噴射しました。しかし蚊取りのスプレーなんかものともせず、お尻の針を振りかざして動き回っています。どうしようもないので、思わず自分のはいていたサンダルを手にしてさそりをひっぱたきました。さすがにサンダルの一撃は効いたようで、また排水溝の中へ逃げ込んでいきました。それ以来、私は朝起きて靴をはくときは必ず靴の中を調べてみます。靴の中にラクダ蜘蛛やさそりがいたら大変ですから。この習慣は癖になり、いまでも靴を履く前には、ふっと中を調べたくなります。(次回は最終回)

(文:井上 健)

井上 健(いのうえ けん)

井上 健(いのうえ けん)

1957年東京生まれ。早稲田大学政経学部在学中に400日間世界一周の一人旅をし、国際協力の道に志す。卒業後、イギリスのサセックス大学開発研究所に留学、開発学修士号取得。その後、国際公務員として、ワシントン(世界銀行)、トリニダード・トバゴ(国連開発計画)、タイ(国連カンボジア人道支援室)、カンボジア(国連カンボジア暫定統治機構)、ソマリア(国連ソマリア活動)、スイスとドイツ(国連ボランティア計画)、コソボ(国連コソボ暫定統治機構)、東京(アジア生産性機構)に勤務し、現在は東ティモールの国連統合ミッションでガバナンス部長を務める。専門は、国際開発協力、人道支援、平和維持・構築など国際協力業務一般。好奇心が旺盛で、世界各地を訪ねて、何でも食べ飲み人々と交流することが大好き。これまで住んだ国は12カ国、訪れた国は80ヶ国余り。毎週必ず何かひとつ生まれてはじめての経験をすることを心がけている。

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