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-私のカメレオン- 1

ファーティマと

前回までは、私がソマリアで飼っていたラクダのダアリの話しを書きました。今回からは、私がジュネーブで飼っていたカメレオンのファーティマの話を書きます。ソマリアを離れた私は、スイスのジュネーブにある国連機関で仕事をすることになりました。ジュネーブはすばらしいところです。レマン湖のほとりに開けた街はほぼ三方をフランスに囲まれ、世界最高の噴水といわれているジェッドーが140メートルもの水柱を湖面に噴き上げています。街のすぐ近くまでジュラ山脈が迫り、中心街には高級スイス時計宝飾店や名だたるブランドショップが軒を連ねています。半砂漠のソマリアとは、まさに天と地、雲泥の差です。しかし楽な生活は必ずしも面白い生活ではありません。紛争地の修羅場で生活をしてきた私は、ジュネーブでの生活がすぐに物足りなく感じるようになりました。そこでジュネーブを拠点に各地を旅してまわっていたのですが、あるとき、気の合う友人と誘い合わせて、モロッコに行ってみました。モロッコというと地中海沿岸にあるあの映画で名高い「カサブランカ」が有名ですが、私たちはサハラ砂漠が見たくてマラケシュに飛びました。マラケシュはサハラ砂漠の端に位置する、モロッコの国名の元になった古い町で、旧市街はユネスコの世界文化遺産にも登録されています。

一通りの名所旧跡を観光したあと、砂漠に行って駱駝に乗ろうと思い立ち、郊外に出かけました。町を出てしばらくすると、道端に物売りが並んでいます。様々なものが売られている中で、目に付いたのが体長60センチくらいの生きたイグアナでした。ものめずらしげに見ていると、ほら、といって売り子の少年が私の肩に載せたのですが、別に逃げるわけでもなく、じっとしているのです。爬虫類を肩に載せたのは生まれて初めてでした。子供のころ、すばやく逃げていくトカゲを追いかけまわしていた私には、肩の上でじっとしているイグアナは何だか意外な感じがして、しばらく遊んでいました。すると、彼らが安くするから買え買えというのです。結構気持ちが動いたのですが、さすがにこんな大きなイグアナを買ってもどうしようもないと断ると、それならばもっと小さなやつならどうだといって取り出してきたのがカメレオンでした。カメレオンを触るのも生まれて初めてだったのですが、私の手のひらに乗ってじっとしている小さな生き物を見ていると、なんともかわいいなと感じたのです。これが、私とカメレオンのファーティマとの馴れ初めです。色は、周囲が砂漠だからか薄茶色で、体長は20センチほどです。カメレオンの目は左右がそれぞれに360度動きます。まさに目を四方八方にキョロキョロさせるのです。そのくせ私の手のひらでじっとしていて、なでまわしてもほとんど動かないのです。これならそう簡単に逃げ出すこともないだろうし、旅の間だけかわいがってモロッコを出る前に、どこかの樹木に逃がしてやればいいかなと思ったのです。値段も確か1000円足らずで、迷うような金額ではありませんでした。

かくて、なんとなくの成り行きで、いつの間にか私のポケットの中にカメレオンが入っていたのでした。今にして思えば、我ながらいい加減な気持ちでカメレオンを買ったものだと思います。この一匹の小動物が私の生活にどれほどの影響を与えることになるのかは、このときは、想像もできませんでした。

(文:井上 健)

井上 健(いのうえ けん)

井上 健(いのうえ けん)

1957年東京生まれ。早稲田大学政経学部在学中に400日間世界一周の一人旅をし、国際協力の道に志す。卒業後、イギリスのサセックス大学開発研究所に留学、開発学修士号取得。その後、国際公務員として、ワシントン(世界銀行)、トリニダード・トバゴ(国連開発計画)、タイ(国連カンボジア人道支援室)、カンボジア(国連カンボジア暫定統治機構)、ソマリア(国連ソマリア活動)、スイスとドイツ(国連ボランティア計画)、コソボ(国連コソボ暫定統治機構)、東京(アジア生産性機構)に勤務し、現在は東ティモールの国連統合ミッションでガバナンス部長を務める。専門は、国際開発協力、人道支援、平和維持・構築など国際協力業務一般。好奇心が旺盛で、世界各地を訪ねて、何でも食べ飲み人々と交流することが大好き。これまで住んだ国は12カ国、訪れた国は80ヶ国余り。毎週必ず何かひとつ生まれてはじめての経験をすることを心がけている。

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