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-私のカメレオン- 2

ファーティマと

前回は、わたしがモロッコのマラケシュでカメレオンを衝動買いしたところまで書きました。買った時は、数日持ち歩いて可愛がり、モロッコを出るときに放してやろうと考えていたのでが、一緒に旅をするうちにカメレオンの気立ての良さがだんだんわかってきて、情が移ってきました。メスだと聞いたので、イスラム風にファーティマと名づけました。ペットに人間の名前をつけるのは恐れ多いのですが、そのときは現地で飼うわけでもないし、とりあえずの呼び名だと思ってつけたのです。

ファーティマは、それはおっとりとした性格で、引っかいたり噛み付いたりすることはまったくなく、ただじっとしているのです。手の上に載せると左右の目をそれぞれきょろきょろさせながら、ゆっくりと腕を上り始め、肩の上まで上りきるとそこでまたじっとしているのです。それがなんとも優雅で、すっかり気に入ってしまいました。そこで、いよいよジュネーブに帰る日になって、何とか連れて帰れないだろうかと考えました。友人とは、スーツケースに入れるのは簡単だけど荷物室で凍死してしまうかもしれないとか、手荷物でもエックス線を浴びるとやばいんじゃないだろうかなどと、半ば本気半ば冗談で話をして盛り上がり、最後は、友人が帽子の中に入れて密出国させることになりました。ばれたらその時はその時、別に麻薬を持ち出すわけではないのだから何とかなるだろうと覚悟を決めたところ、何の問題もなく、マラケシュ空港どころかジュネーブ空港まで通関してしまいました。私たちがおどおどしていなかった以上にファーティマが飛行機の中も含めてじっとしていたからです。パスポートを見せている最中に帽子の中からカメレオンが出てきたりしたら結構パニックになったかもしれません。ともかく、こうしてファーティマは、不法入国ながらも国際都市ジュネーブの住民となったのです。今になって知りましたが、カメレオンは日本で買えば安くて一匹数万円、高いものだと10万円もするようです。だからカメレオンを買って飼育しようという人は、それなりの知識と覚悟があるはずです。ところが私ときたら、たまたま道端で売っていた一匹千円のカメレオンが可愛らしかったので、思わず買ってしまったのです。昔日本のお祭りで、可愛いひよこを衝動買いしてしまい、いざ育てる段になってひどく苦労したことがあるのですが、あのころから進歩がないのかもしれません。

それにしても、当時の私が持っていたカメレオンの飼育に関する知識は、「餌は、蝿とか蚊とかをやればいいんだよ」という売り主の言葉だけでした。モロッコでは、蝿なんかどこでも飛び回っていますから、何匹か捕まえてファーティマのかごの中に入れるのはそんなに大変なことではありませんでした。ところが上品で清潔なジュネーブでは、蝿を捕まえることはそう簡単ではありません。蝿などほとんど飛んでいないのです。当時は今ほどインターネット上に情報があふれていませんでしたから、まずは百科事典を引っ張り出してきてカメレオンについて調べました。すると、カメレオンは生きた餌しか食べず、特にコオロギやバッタを好んで食すると書いてありました。さらには、カメレオンはストレスに弱い生き物なので飼育は難しいとも書いてありました。さて困ったと気づいてもすでに遅く、とにかく急いで生きたコオロギやバッタを捕まえなければならないという状況に陥ったのです。

(文:井上 健)

井上 健(いのうえ けん)

井上 健(いのうえ けん)

1957年東京生まれ。早稲田大学政経学部在学中に400日間世界一周の一人旅をし、国際協力の道に志す。卒業後、イギリスのサセックス大学開発研究所に留学、開発学修士号取得。その後、国際公務員として、ワシントン(世界銀行)、トリニダード・トバゴ(国連開発計画)、タイ(国連カンボジア人道支援室)、カンボジア(国連カンボジア暫定統治機構)、ソマリア(国連ソマリア活動)、スイスとドイツ(国連ボランティア計画)、コソボ(国連コソボ暫定統治機構)、東京(アジア生産性機構)に勤務し、現在は東ティモールの国連統合ミッションでガバナンス部長を務める。専門は、国際開発協力、人道支援、平和維持・構築など国際協力業務一般。好奇心が旺盛で、世界各地を訪ねて、何でも食べ飲み人々と交流することが大好き。これまで住んだ国は12カ国、訪れた国は80ヶ国余り。毎週必ず何かひとつ生まれてはじめての経験をすることを心がけている。

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