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-私のカメレオン- 3

ファーティマと

ひょんなことから、ジュネーブでカメレオンのファーティマを飼うことになった話の続きです。生きた餌しか食べないというファーティマのために、とにかくまずはコオロギかバッタを捕まえに行かなければならないと考え、ジュネーブの町外れにあるジュラ山脈のふもとの原っぱまで出かけていきました。幸い季節は夏の終わりごろでしたので、一面の草むらの中ではバッタが飛び回っていました。とはいえ、バッタを捕るなど子供のころ以来です。しかも初日は手ぶらで行ったため、スーパーのレジ袋一枚で飛び回るバッタを追い掛け回すはめになり、1時間以上もがんばって捕れたのは5匹くらいでした。汗だくになって家に戻ると早速、ファーティマにあげました。最初のうちはファーティマを木の小箱に入れていたのですが、もっとよく観察できるように虫の飼育用のプラスティックのケースを買ってきて、そこにファーティマとバッタを一緒に入れました。ケースの中にはファーティマの止まり木も入れました。さて、じっくり観察です。止まり木に掴まったファーティマは、左右の目を別方向にぐるぐる回しながらケースの中を眺めます。やがて片隅にバッタがじっとしていることを発見すると、今度は両目で見つめて間合いを計ります。そして狙いをつけるかのように頭をやや持ち上げます。と、そのとたんに口の中から長い長い舌が飛び出してきて、瞬く間にバッタを絡めとり、あっと思った時には、もうバッタの足だけがファーティマの口の端から見えていました。あの、のろのろとした日ごろの動作からは想像もできないすばやさです。また、話には聞いていたものの、カメレオンの舌の長さには仰天しました。ゆうに自分の体長くらいの長さがあるのです。場合によっては、体長の1.5倍の長さにまで達するようです。考えても見てください、舌の長さが150センチから2メートルもある人間がいたらどうでしょう。轆轤首ならぬ轆轤舌のおばけでしょう。まったくあんなに長い舌がどうやって口の中に巻き込まれているのか不思議です。伸び縮みするときは、ちょうどお祭りの夜店で売っているまきとりの紙笛が伸びたり縮んだりするのとそっくりです。それにしても、自分との体重比でもかなりの重さがあるバッタを一瞬のうちに捕捉し、口の中まで巻き込みながら運び込むすばやさは、何度見ても驚きです。それに、あんなぐるぐる巻きにして口の中に放り込んだバッタを口の中でどうやって解いているのでしょうか。おそらく解いたりせずに噛み切ってばらばらにしているのでしょうが、まったく驚異です。

ところで、カメレオンといえば、体の色を変えることで有名ですが、ファーティマは砂漠育ちのせいでしょうか、茶色をしていました。日によって時間によって、その色が濃くなったり薄くなったり、あるいは黄色っぽくなったり緑っぽくなったりと変化しました。でもそれ以上には、変色したり発色したりしませんでした。ケースに色紙を入れたりして、いろいろ実験をしたのですが、だめでした。イメージとしてカメレオンは、どんなものの色にでもすぐに変色して背景に溶け込んでしまうと思っていたので、ちょっと残念でした。実際、ブリタニカ百科事典をみると「カメレオンが背景にあわせて色を変えるというのは、広く世間に流布されている誤解である」と書いてあります。ただ種類によっては、本当に鮮やかな赤や緑を発色するカメレオンもいるようです。

(文:井上 健)

井上 健(いのうえ けん)

井上 健(いのうえ けん)

1957年東京生まれ。早稲田大学政経学部在学中に400日間世界一周の一人旅をし、国際協力の道に志す。卒業後、イギリスのサセックス大学開発研究所に留学、開発学修士号取得。その後、国際公務員として、ワシントン(世界銀行)、トリニダード・トバゴ(国連開発計画)、タイ(国連カンボジア人道支援室)、カンボジア(国連カンボジア暫定統治機構)、ソマリア(国連ソマリア活動)、スイスとドイツ(国連ボランティア計画)、コソボ(国連コソボ暫定統治機構)、東京(アジア生産性機構)に勤務し、現在は東ティモールの国連統合ミッションでガバナンス部長を務める。専門は、国際開発協力、人道支援、平和維持・構築など国際協力業務一般。好奇心が旺盛で、世界各地を訪ねて、何でも食べ飲み人々と交流することが大好き。これまで住んだ国は12カ国、訪れた国は80ヶ国余り。毎週必ず何かひとつ生まれてはじめての経験をすることを心がけている。

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