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-国連職員の仕事- 22
コソボの少女ベシアナvol.2

写真 /2003年3月コソボのベシアナの家族と

写真 /2003年3月コソボのベシアナの家族と

見るも無残に焼け爛れた顔をしたベシアナとその両親に出会い、この子の顔を何とかしてほしいと頼まれたときに、思い出したことがありました。それは今から20年近くも前に私が出会った水頭症の子供のことでした。

そのころの私は、タイとカンボジアの国境沿いにいた37万人のカンボジア難民・避難民への人道支援の仕事をしていました。ある避難民キャンプの中を見てまわっていたとき、たまたま入った家の中で母親が赤ん坊を抱いていました。その子の頭は異常に大きくなっていて、素人ながらも水頭症だとすぐにわかりました。母親は、私に対してこの子を助けてほしいと訴えてきました。私は、キャンプを運営している国連のドクターを呼びました。やがて駆けつけてきたビルマ人のドクターは、「この子のことは承知しているが、どうしようもない。この子をバンコクの総合病院まで連れて行って治療を受けさせれば助かるかもしれないが、そのためには莫大な費用がかかる。その同じ費用で、このキャンプにいる数百人の子供たちに基本的な治療薬を提供することができる。この水頭症の子供一人を救うために、今ある予算を使ってしまえば、他の子供たちが下痢やマラリアなどにかかったときに治療薬がなく、結果として命を落とすことになるかもしれない」というのです。人道援助において、限られた予算をどう使うべきかは、とても難しい判断です。すべての人に世界で最高の治療を提供できれば、それがよいに決まっています。しかしそれが不可能であることも事実です。ですから、国連では、はじめから治療方針を決めてあります。それぞれのドクターや職員が、個々のケースで判断に苦しまなくてもよいようにとの配慮でもあります。値段も安く大勢の人がかかりやすい病気の治療薬が基本薬として定められ、その確保が最優先となります。

治療は難民キャンプの中にある国連の病院で行われます。その次に、国連の病院では設備等がないために治療できないが、近くの町の病院であれば治療できる病気は、予算の枠内で行います。しかし、国連がすること、できることはそこまでであって、この水頭症の子供のようにバンコクまで連れて行けば、治療ができるとわかっていても、そうすることはできないのです。当時の私は、この子一人を救うために数百人の他の子供の命を危険にさらすことはできないとドクターに言われ、返す言葉もなく、その場を立ち去りました。そして、国連が行う人道支援の限界を知ったのです。国連といえども万能ではないし、国連だからこそ全体を見た支援をせざるを得ず、その過程で、意図的に見捨てざるを得ない個人もでてくるのです。ベシアナもまたそのケースでした。彼女の顔の傷がどれほどひどくても、それ自体が命にかかわるものでない以上、国連は、たった一人の2歳の女の子のために大金を使うことはできないのです。しかし、こんな顔をした子どもが歩まなければならない人生を考えると、私は、国連ができなくても、個人としてできる限りのことをしてあげたいと考えたのです。そして、アドラ・ジャパンという日本のNGOとコソボで働いていた日本人に支援をお願いすることにしたのです。

【お知らせ】

今、ベシアナが最後の治療のために日本に来ています。『ベシアナ』で検索すれば『ベシアナちゃんを助ける会』のホームページが出ます。是非、募金をお願いしたいと思います。

(文:井上 健)

井上 健(いのうえ けん)

井上 健(いのうえ けん)

1957年東京生まれ。早稲田大学政経学部在学中に400日間世界一周の一人旅をし、国際協力の道に志す。卒業後、イギリスのサセックス大学開発研究所に留学、開発学修士号取得。その後、国際公務員として、ワシントン(世界銀行)、トリニダード・トバゴ(国連開発計画)、タイ(国連カンボジア人道支援室)、カンボジア(国連カンボジア暫定統治機構)、ソマリア(国連ソマリア活動)、スイスとドイツ(国連ボランティア計画)、コソボ(国連コソボ暫定統治機構)、東京(アジア生産性機構)に勤務し、現在は東ティモールの国連統合ミッションでガバナンス部長を務める。専門は、国際開発協力、人道支援、平和維持・構築など国際協力業務一般。好奇心が旺盛で、世界各地を訪ねて、何でも食べ飲み人々と交流することが大好き。これまで住んだ国は12カ国、訪れた国は80ヶ国余り。毎週必ず何かひとつ生まれてはじめての経験をすることを心がけている。

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