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JR下総松崎駅に水道がない理由
行政の無策により未給水エリアが放置される現実

1993年、筆者は東京の新宿から、成田市と栄町との境近くにある下総松崎駅から徒歩3分の民家に引っ越してきました。田園風景とローカルなJRの単線、そして印旛沼の自然が目に入る下総松崎は、初めて住む日本の田舎町として絶好のロケーションのように思えました。それまで成田と言えば空港周辺しか見たことがなく、国際都市として飛躍する町のように思っていたことから、成田市の中にも、こんな素朴な村があるのかと不思議な感動を覚えたものでした。

ところが下総松崎に住み始めてから暫くして不可解なことに気が付きました。国際都市として謳われる成田市のJR成田駅からたった一駅目、近くに成田園芸高校(現西陵高校)があり、電車通学する学生が大勢いるにも関わらず、駅周辺の開発がまったく進んでいないのです。駅の北側には道路もありません。しかも驚いたことに駅には水道が無く、井戸水を汲み上げていたのです。当然、筆者の借家でも井戸水を使い、滅菌して浄化した上で飲む訳ですが、元々水質が良くないことも重なり美味しくありません。国際都市と呼ばれる成田市内のJR線駅に水道が無いということは、考えも及びませんでした。そして色々と調べて行くうち、下総松崎周辺の村や集落が行政から放置され続けている理由が見えてきたのです。

駅前でも市街化調整区域である理由

下総松崎駅まで上水道が来ていない原因のひとつに、駅前周辺地域が市街化調整区域であることが挙げられます。つまり家屋が簡単に建てられない為、新規に住民が流入することも少なく、高齢化の流れに沿って街が古びてゆくのを見守るしかないのです。成田市の市街化調整区域は昭和45年7月31日に線引きの決定を実施して以来、5回の見直しが行なわれていますが、久住駅前地区等は市街化区域に変更されることがあっても、下総松崎駅周辺は、検討の対象から常に漏れてしまったのです。そもそも、市街化調整というものは「無秩序な市街化を防止し、計画的な市街地の形成を図るため」の政策です。よってごく一般的には、駅前周辺は市街化されるのが当然です。例えばJR下総松崎駅の次の停車駅である安食では商業化が進み住宅地も発展しています。では何故、下総松崎駅周辺だけ市街化調整区域のまま放置され続けているのでしょうか。

成田市役所の都市計画課によると、「元々松崎大竹周辺には大規模集落が存在していたが、JR駅があっても市街化形成を進める地域ではないという判断を、おそらく1970年当時の県と市が行ない、そのまま現在に至っているのではないか。その理由はわからない。」とのこと。そして市街化区域の見直しをするタイミング時では、開発状況などに応じて区割変更を行っているため、単にそこには入らなかったという説明を受けました。JR下総松崎駅の開業は1901年まで遡りますが、それだけの歴史があっても現実問題として地元集落に対する行政の関心は大変希薄です。

市街化する為には土地の区割変更というプロセスを経て、開発事業や区画整理等を推進する必要がありますが、それは県側の責任であるという認識も成田市が無関心を装う理由のひとつでしょう。いずれにしても市街化を実現する為には、ある程度地権者の足並みを揃える必要があり、減歩の問題や土地の価値上昇に伴う固定資産税の増加等、農家の人達がためらう不安材料が多いのです。土地の権利関係も意外と複雑であり、細かく分筆され所有者が大勢いる地域が多いことも合意を得にくい要因のひとつです。また水道に関しては住民側の負担金も大きく、手つかずになりがちです。下総松崎のような集落は高齢化や過疎化が進み、経済面でもゆとりが少ないのは明らかです。その結果、駅前の開発どころか水道管を引っ張ることさえままならず、長年放置されてきました。

上水道普及率の計算方法

そもそも国際都市と言いながら、成田市の水道普及率は大変低いのです。東京や千葉市といった大都市のように上水道の普及率は99%以上が当たり前であろうと思いきや、成田市の普及率は平成21年度で 83.1%と公表されています。千葉県全体の平均が94.5%ですから、かなり低い数字です。実は、この普及率の数値には色々な解釈と計算方法があり、いかようにでも操作することもできるため、注意深く検討する必要があります。つまり同じ基準と尺度の計算式を使った数字を比較する必要があるということです。

水道の普及率は、その地域の住民のうち、水道が利用できる環境に住む人の割合を指します。ここで言う住民とは一般的には行政区域人口を指し、住民基本台帳を基に算出します。利用者とはその該当地域内で水道の供給を受けている住民の数を指し、給水人口とも言います。また、成田市では成田国際空港や工業団地の様に専用水道による給水の利用率が高いため、専用水道を含むか否かにより結果に大きな差異が生じてしまいます。それ故、居住者とは直接関係の無い専用水道は除外し、あくまで行政区域内に居住する住民を対象とした数値に徹することが重要です。

また、分母が何であるかも確認する必要があります。当然ながらその行政区域内の全人口が対象となるべきなのですが、給水区域内人口として特定のエリア内の給水率を使用する例が散見されます。そして成田市の公表水道普及率は、この特定給水区域を元にした数値だったのです。

水道普及率を競う行政間の争い

成田市が公表している上水道普及率は、「成田市統計書」によると、平成22年83.2%、21年83.1%、20年82.4%、19年80.9%、18年79.8%です。毎年普及率が向上していますが、この普及率は千葉県内でも決して高いものではなく、90%台を維持する佐倉市、市原市、東金市、鴨川市や野田市と比較しても、格段に低い数値です。また、千葉県全体の上水道普及率の平均値である94.5%と比較して1割も低いということは、国際都市として誇れるものではありません。しかも実際の総人口を対象とせず、旧成田市地域の市営水道の普及率をもって置き換えているところに重大な問題が残されています。

成田市は国際都市として高い普及率を実現しなくてはならない立場にあります。少なくとも千葉県界隈では、その財政状況の良好さからしてもトップクラスの普及率を誇示するべきで、全国市町村のお手本であってしかるべきです。成田市は将来的に、20万人規模の特例市や30万人規模の中核市になる資質があるだけでなく、成田山新勝寺のように大勢の参拝者が訪れる名所を持っている訳ですから、それなりの社会インフラが整備されているべきでしょう。

そこで成田市の水道普及率を、県外で同規模の市と比較してみました。例えば、伊勢神宮のある伊勢市(三重)では、人口12.9万人に対する上水道普及率は99.36% (H19年)です。また、出雲大社のある出雲市(島根)では、人口17.1万に対し、97.6%(H19年)の普及率です。双方とも大都市並みの普及率を維持し、成田市とは大きな格差が生じています。人口30万人の中核市をとって見ても、一様に上水道の普及率 は95%を超えています。福島県いわき市のように人口密度が低く、山が多い都市でも、34.2万の人口に対し97%(H22年)の高い水道普及率を誇ります。更に千葉県全体の普及率を見ると、平成21年では全国34位ながら、それでも総人口6,189,989人に対し普及率は94.5%です。成田市の普及率は千葉県の平均よりも遥かに劣るだけでなく、北総周辺の市町村にも水を開けられた状態であることが一目でわかります。千葉県が公表した54市町村別水道普及率では、何と46位。メンツが丸つぶれです。

市民を惑わす普及率のマジックとは

このような現実的な問題が背景にあったからでしょうか、成田市が平成22年度に公表した83.2%という水道普及率は、千葉県の公表値とは違う数字になっています。その背景には何とかして数値を高く見せようとする意図が働いているとしか考えられません。苦肉の策ともいえる「市営水道」の数値をもって、あたかも成田市の普及率としているからです。この数字は実態の水道普及率とは程遠く、千葉県公表の数字ともかい離しています。

普及率のカラクリを理解するには、その背景に見え隠れする複雑な事情を見据えなければなりません。まず、成田市内には4種の独立した水道事業体が存在し、それぞれが分離して管理されていますが、普及率を算出するにあたり、どこまで含めるかということです。4種の水道事業体とは、旧成田市の市営水道事業、成田ニュータウン地域のみ供給する県営水道事業、旧下総町と旧大栄町の一部に供給する簡易水道事業、そして成田国際空港や野毛平工業団地等、企業体が独自で供給する専用水道です。専用水道に関しては住民に供給するものではない為、普及率の対象外となってしかるべきでしょう。一番の問題は、これら4種の水道事業体がまったくカバーしていない広大なエリアが、下総/大栄に未整備のまま残されているということです。簡易水道事業は平成18年の成田市・下総町・大栄町の合併前から下総/大栄の一部地域に限定して供給されている水道を指していますが、ごく一部にすぎません。よって、これら4種事業体をどう取り込み、未整備エリアをどう考慮するかが重要なはずです。

一方、計算式の分母となる数字は行政区域人口、つまり成田市の総人口を用いなければ、正しい普及率を計算することができません。ところが成田市が公表する普及率とは、各水道事業体別にデータを分離しそれぞれの対象区域内の普及割合を明示したうえで、成田市の普及率として未整備のエリアも除外した市営水道事業の値のみを用いているのです。

それゆえ「成田市計画給水区域」というマスタープランの中には平成24年4月の時点でも合併した下総/大栄の大半が考慮の対象にさえ入っていません。合併から5年経った平成23年の成田市統計書による「上水道の状況」を見ても、相変わらず旧成田市の市営水道とニュータウンの県営水道のみにスポットを当て、前者の普及率は平成22年で83.2%、後者は100%とし、それがあたかも成田市の実態のように見せかけています。それは成田市全体の実態を反映していない数字であり、未整備地区に住まわれるおよそ2万人もの住民を無視した数字です。分母となる成田市の給水区域内人口が75,048人であり、それに対する給水人口を62,446人としていることからしても、全人口でないことは明らかです。無論、但し書きとして「市営上水道の普及率」と記載していますから虚偽の報告とは言えません。しかし一般庶民には、その意味がわかりづらいことから、これはもはや意図的な情報操作であり、あたかも高い給水率のように公表するための策と言われても仕方がないでしょう。

もし専用水道を除くすべての水道事業体を考慮し、その上で合併した下総/大栄の住民数をすべて合算して成田市全体の行政区域人口から給水人口を割り出したとするならば、本来の普及率は平成22年度で79.5%となります。8割の大台を割るということは、富里市にも劣る数字です。明白なのは、数値の善し悪しに関わらず、水道普及率は成田市全体の住民台帳の数字、すなわち全人口を対象にして計算されるべきであるということです。そしてたとえ未整備地域の低い普及率が全体の普及率を押し下げることになっても、数字を操作するべきではないのです。

成田市の怠慢と無責任な対応

成田市全体の普及率の実態がわかりにくく、極論すればデータの水増し操作のようにさえ見えます。理由を成田市水道部工務課に聞いてみると、まず市営水道(旧成田市)・市営簡易水道(旧下総/大栄)・県営水道の3種に分け、個別の集計結果だけを公表する理由は、「認可の異なる事業体なので個別に出している」にすぎないということです。そしてこれでは全体像が見えず、市民への情報が不適格ではないかと指摘すると、「それは水道部の考える範囲ではないので」と言われる始末。さらに「市と水道部では別予算で動く関係上、我々としては給水区域内でいかに普及率を高めてゆくかが目下の課題のため、その関連数字を出している」という説明です。つまり成田市水道部としては、たとえ市民であっても給水区域内居住者でなければ何ら関係ないという無責任な返事なのです。そこには何とかして上水道を全市民にお届けしたいという情熱などかけらもありません。

市全体での水道普及率が公表されない理由を、今度は成田市の年鑑を編纂する総務部行政管理課に聞いても、「特に意図はなく水道部からの数字を使っているだけ」とのことです。もし一般的な普及率が知りたい場合には、「適宜計算して出していただくしかありません。ご提案はごもっともなので、広報にも提案はいたします」とのことでした。しかしこれでは不適切な給水率が放置されたままになっていることに他ならず、たとえ他意や悪意はなかったにしても、民意を大切にする真心のこもったサービス精神のきわめて希薄な印象を拭えません。

平成24年4月6日に成田市小泉市長から頂いた回答にも同様の姿勢が伺えます。「成田市水道事業は、平成17年4月より成田ニュータウン、大栄/下総地区及び空港を除くすべての地域を給水区域として拡張事業を進めております。」つまり成田市の水道事業は大栄/下総は関与せず、あくまで旧成田市のみの拡張事業に徹していると明言しているのです。合併した相手方の市町村を対象外とし、旧成田市の普及率だけをもって、それがあたかも成田市の普及率であるかのごとく公表し続けていることを危惧します。

千葉県が公表する給水率もおかしい?

実は、千葉県が公表する給水率の数値もおかしいのです。千葉県は成田市から基本データを受理し、それを元に給水率を「千葉県統計年鑑」等に公表する訳ですから、成田市と全く同一の数値であるはずが、毎年差異が生じています。例えば平成21年のデータを比較すると、千葉県公表値では給水区域内の人口が103,923人となり、内、給水人口は市・県上水道が95,524人、簡易水道が4,000人、専用水道が4,399人。結果、水道普及率を81.5%としています。いっぽう成田市公表値では、給水区域内の人口を市営水道分の73,441人に限り、それに対する給水人口を61,066人として、その83.1%を成田市の水道普及率としているのです。そして県営水道と簡易水道についてはそれぞれ個別にデータ表示するだけに留めています。その結果、統合された数字はまったく提示されていないのです。

千葉県と成田市の数値の相違がある理由は簡単です。千葉県の場合は一貫して成田市が公表する市営水道と、県営水道、簡易水道に、さらに専用水道を加えた4種全部を合算して給水区域内人口としているのです。そこには住民とは関係のない専用水道による給水人口も含まれているめ、給水率が水増しされる結果ともなっています。そして驚くことに、千葉県も成田市の行政区域人口を使わず、その分母から約2万人の旧下総/大栄の住民数を省いているのです。よって給水率はさらにかさ上げされることになります。そして成田市に至っては、旧成田市に対する市営水道のみの普及率に置き換えることにより、千葉県が公表する水増しされた数値よりもさらに高い83.1%という数値(平成21年)を公表しているのです。

千葉県の数値にはなぜ空港や工業団地、ホテル等が主体となる専用水道の数値を加算しているかという点について、「千葉県統計年鑑」の編集に携わる千葉県水政課に聞くと、「専用水道が統計に織り込まれる理由は、昔からそうなのでわからない」とのこと。あくまで個人の意見として断りの上で対応した担当者が語ったのは、「もともとこの統計のよりどころは旧厚生省以来の水道統計と言われるもの。専用水道の管轄が厚労省なので加えいるのでは。各公営水道事業の数字に関しては、我々は各自治体に数字を挙げてもらい、自治体はそれぞれの水道担当部局からの数字をそのままに近い形で挙げている。ゆえに数字そのものの精度についてはこちらでは何とも判断できない。」との話でした。

JR下総松崎駅に水道が来ない理由

成田市の水道普及率について検証を繰り返し、行政担当官とも話をしているうちに、JR下総松崎駅にいつまでも水道が来ない理由が見えてきました。最初の理由は、人口が集中する新興住宅地を優先して供給を増やしていくほうが、コストをかけずに短期間で効率よく水道普及率を上昇させることができるということです。行政も予算が限られていますから、結果が数字になって現れるほうが次年度の予算獲得上も良いに決まっています。それ故、旧成田市内であっても下総松崎のような人口密度の薄い調整区域は軽視されてしまうのです。市営水道はここ数年、給水戸数が毎年数百戸レベルで増加しています。その多くはニュータウンに隣接する区画整理事業区域の人口増によるものです。特に平成18年から20年にかけては、公津の杜と、はなのき台だけで年間およそ1,000人の住民数が増加し、2年間で増加した成田市全体の人口増加数4,461人のおよそ半数を占めました。水道普及率を計算する際、およそ7万の給水区域内人口に限った数字を分母として使う成田市にとって、毎年受給者が1,000人増えるだけで約1.4%も普及率が上がるのです。過疎化された地域に多額の費用をかけて水道を引いても普及率は殆ど変わらないことから、どうしても人口密度が高く、結果を出しやすい新興住宅地が優先されてしまうのです。

次の理由は、成田市行政のモラルに関わる問題です。成田市全体の実態を反映しない普及率しか公表しないことが正しくないことがわかっていても、誰もそれを改めようとせず、手をつけず、事なかれ主義に流されていることが挙げられます。役所であるが故に、どうせならリスク負担のあることは避け、ごく当たり前のことしか手掛けたくない、という意識が浸透しているように思えてなりません。その結果、成田市長を筆頭に水道関係担当部署には何とかして一人でも多くの市民に水道を供給したいという想いが欠如し、ひいては行政側の無関心・怠慢に繋がっているのです。その役人気質の塊とも言えるような冷やかな対応を見る限り、そして使命感に欠ける役所に対して、どだい市街化調整区域への水道普及を期待しても難しいのです。

もうひとつの理由は、下総松崎には集落ごとに地元の要望を吸い上げるだけの組織力と経済力が残されていないことです。過疎化が進み、高齢者地域でもある為、もはや水道が欲しいという思いは過去のものとなり、ましてや費用負担が生じることを知れば、退いてしまうのは当然でしょう。更には、水道供給条件のひとつである“地元の要望”のまとめ役が、過疎地域には中々存在しないのです。こうして高齢化した地域はますます蚊帳の外に置かれ、役所は数字の結果が出やすい市街化地域を優先して行政活動を進めることになるのです。その結果、未給水地域は半永久的に放置され、さらに人口が減るという悪循環に陥っているのです。

最後に成田市長からの言葉で締めくくりたいと思います。「水道事業は、水道利用者による水道料金で運営しており、配水管の整備につきましても利用者に負担をしていただいております。拡張区域につきましては、集落が点在している地区が多く、配水管の整備に多額の費用が必要となりますので、利用者の負担を減らすためにも、ある程度の給水申込みが見込める地区を優先して整備を行っております。」つまるところ、お金が大事であり、経済的余裕の無い地域は、後回しにされるということです。

それが本当の行政の在りかたなのでしょうか。20年程待ち続けました。20年近く、我慢してきました。成田市に苦言を呈します。

(文・中島尚彦)

© 日本シティジャーナル編集部