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第13話 木工家の秘密

工房で実際に作業の様子をご覧になった方から「そんなに手間をかけたら、作品を手放すのが惜しくなりませんか?」と聞かれることがあります。私の場合そのような気持ちはまったく無いのですが、そう言いきってしまうとなんだか作品に愛情が無いように思われそうで返答に困ります。

実際のところ、木工家には完成した作品に執着する人はあまりいないように感じます。世界的に有名なアコースティックギターの製作家も、仕上げの塗装を施す工程くらいから何となく次の作品に興味が移ってしまうと言っていました。いつも「次に作るもの」に異常な執念を燃やしているのが私から見た木工家の一般的な姿です。

木工家は、木を削り、接着し、そして磨き上げること自体に悦びを感じていますから、作品は楽しんだ結果として残された副産物の側面があります。あろうことか自分の作品を楽しい部分を味わい尽くした「噛み終えたガム」と表現する人さえいます。作品を売って生計を立てている人であれば尚更のこと、間違っても人前でそんなことは言えませんから、大変辛い思いをして作品を作り上げたように振舞わざるを得ません。でも本当は楽しくて仕方がなかったはずです。でなければあの苦行にも似た地味な作業の連続を乗り越えて、作品を完成させるのは難しいと思います。

木工家 アンビル シゲル

アンビル シゲル

1971年生まれ。主にギターなどの弦楽器の製作を手掛ける木工家。
1998年に単身渡米し、アリゾナ州にある弦楽器製作学校に入学。帰国後、千葉県内に自らの工房を構える。木材に対する愛情に溢れ、そしてまた造詣も深い。

© 日本シティジャーナル編集部