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第16話 木工が教えてくれたこと

もう何年も前になりますが、最初のギターを完成させたとき、私は、木工は簡単だと感じました。どの工程も特に苦労すること無く、はじめから思い通りの作品に仕上げることができた、と感じたからです。自分は木工に向いているかもしれないと思ったことを覚えています。経験を積めば作業はもっと簡単になるはずで、その後も一心不乱に作品を作り続けました。そうして作品数は順調に増えていきましたが、何故か少しずつ作業が難しく感じられるようになっていき、ついにはもっとも基本的な工程でさえも難しく感じてしまい、私はすっかり自信を失くしてしまったのです。

そんなある日、久しぶりに最初に作った作品を目にする機会がありました。そこで私は、自分が木工に向いていると考えるきっかけとなった作品を見ることで、失った自信を取り戻せるのではないかと考えました。ところがケースを開けた瞬間、私の目に飛び込んで来たのは、あまりに完成度の低いギターだったのです。仕上げは中途半端、作品全体としての一体感もありません。これを見て、なぜ自分が木工に向いていると思ったのか、しばらく考え込んでしまいましたが、しばらくして、自分の中の基準が変化していたことに気が付いたのです。制作に夢中になるあまり、作品を作るたびに新しいことを学び、チェックする目も厳しくなっていたことに、まったく気がついていなかったのです。

あれから何年も経ちましたが、今でも作業は難しくなる一方です。この先も木工が簡単に感じられる日は来ないと思いますが、常に謙虚でいることの大切さを日々の作業が教えてくれているのかもしれません。

木工家 アンビル シゲル

アンビル シゲル

1971年生まれ。主にギターなどの弦楽器の製作を手掛ける木工家。
1998年に単身渡米し、アリゾナ州にある弦楽器製作学校に入学。帰国後、千葉県内に自らの工房を構える。木材に対する愛情に溢れ、そしてまた造詣も深い。

© 日本シティジャーナル編集部