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全米オープンテニス観戦記
錦織選手のベスト8進出をかけた一戦を生で観戦!

1973年、少年時代にテニスのプロ選手になることを夢見て、アメリカのロスアンジェルスに一人、旅立ちました。その当時、日本とアメリカのレベルの差はとても大きく感じられ、その格差にどうしてもついていけず、高校2年でテニスを断念しました。それから30余年たった今、自らが叶える事のできなかった夢を、13歳で米国フロリダ州にテニス留学し、プロとなった18歳の新鋭、錦織選手が全米オープンテニスで実現したのです。

8月末、米国東海岸への出張でニューヨークを訪れた際、偶然にも全米オープンテニスが開催されており、錦織選手が見事にシード選手を破って勝ち進み、ベスト8進出をかけた試合が間近に迫っていました。突然の朗報に胸が弾むと同時に、これは天与のチャンスと思い立ち、夢の大舞台観戦へと足を運ぶことにしました。しかしニューヨークに慣れない筆者にとって、スタジアム内に入場できるまではハプニングの連続であり、テニス観戦も楽ではない、と苦笑い!そのストーリーを早速ご紹介しましょう。

子供がニューヨーク警察に保護される?

8月28日、サマースクールを終えてボストンから飛行機で来る中学2年生の次女と、ニューヨークの空港で待ち合わせていました。成田からの自分の便は午後6時着。娘の便は昼すぎの到着ですので、事前に学校側に連絡して、飛行機が到着したら空港ターミナル内のレストランで夕方まで待っているように伝言してありました。ところが何と、このメッセージが本人に伝わっておらず、娘は父親を見つけることができず、航空会社のオフィスに助けを求めに行きました。しかし電話しても親には繋がらず、それを見かねた航空会社の職員が、娘が未成年という理由から、ニューヨーク警察に連絡をし、引取り保護をお願いすることになってしまいました。

それとは知らず、現地に到着後、何度もターミナル内を走り回って娘を探していたところ、会社から電話が入り、航空会社のオフィスにいるので、至急、迎えに行くようにと言われ、あわてて駆けつけると、事務所の一番奥に娘が座っているではありませんか。間一髪、警察が保護する直前に辿り着きましたが、航空会社の事務員からはたいそう叱られてしまい、頭が上がりませんでした。

家族の目の前で車がレッカー移動!

その翌日、他の兄弟姉妹も日本から合流し、レンタカーでマンハッタンの中心街に向かいました。そしてお昼を食べる為、路上に駐車して路上パーキングのチケットを購入し、近くのレストランに入ってちょうど一時間後に戻ってくると、何と、目の前で自分の車がレッカー車で移動されているではありませんか。「Wait!」と大声で叫びながらレッカー車を追いかけるのですが、道路が混雑するマンハッタン中心街でもさすがに相手は車で、中々追いつきません。どこに持って行かれるかさえわからなかったので、子供達に待機するように言いつけ、これこそマラソンをやってきたかいがあったとレッカー車を追いました。そしてやっと交差点で追いつき運転手に聞いてみると、38番街近辺にレッカーで移動された車の車庫があるということ。それはちょうど最初に車を止めたところからマンハッタン島の正反対に位置していたので、結果として猛烈な駆け足でひたすらレッカー車の後をついて走り、島を横切ることになりました。

やっと車庫に辿り着き、最後の信号を渡ろうとしたその時、見知らぬレッカー車が自分にクラクションをならして突っ込んできました。青信号なのにそれは無いだろうと思い、歩行者用の青信号を指差したのが運のつき。レッカーの運転手が突然、車をおりて大声で喧嘩をうってきたのです。「Don't play with me like that」、「I am gonna write you an another ticket」つまり指を指されて文句をつけられたことが気に入らなく、職権を乱用して「違反切符をもう一枚切ってやる」と脅してきたのです。これがニューヨーク警察の実態かと唖然としてしまいました。再三しつこく絡まれながら、やっとの思いでのがれると、驚いたことに車庫の事務所は長蛇の列。しかも暑い真夏の日、プレハブ小屋から人が溢れ、30名程、表に並んでいた人々はみんな汗だくです。しかも、窓口の担当者は一人のみ。とにかく列が進みません。子供が路上で待っているので早く帰らねばと、あせりの思いがつのってきました。一時間が経過し、やっと書類の処理が終わったと思いきや、今度は支払いの方でも長蛇の列です。しかも駐車切符の許容時間は午後1時58分。駐車違反が切られ、レッカー移動された時間は午後1時59分、「信じられない!」まさに、はめられた気分です。幸いにも、元の場所に大至急戻ると、子供たちは難なく待っており、それだけでも幸いな思いでした。

警官の目の前で交通事故に遭遇!

その晩、錦織選手が全米オープンテニスで最年少ながら、ベスト16の進出を決めたシンデレラストーリーがテレビで取り上げられているのを見て、このチャンスにその勇姿を観るために、早速、会場近くのマンハッタンにあるホテルに移動し、そこでチケットを手配することにしました。そしてニュージャージー州からトンネルを通ってマンハッタンに行く途中、トンネルの手前で渋滞となり、車を止めたその瞬間、「ドカーン」という衝撃です。何と、後部から追突されてしまったのです。ちょうど、真横には警官が立っており、事故の現場を目撃していたのですが、レンタルしていたミニバンの後部ハッチドアをつぶされてしまいました。これで何と、3日連続で、ニューヨーク警察にお世話になるというハプニングの連続。「もうここには絶対来ないぞ!」と心の中で叫びつつ、テニス観戦に夢を馳せたのです。

チケットをゲットするのも楽ではない

ホテルにチェックインした後は、すぐにチケット探しです。しかし既にチケットは完売し、試合まで残された時間は24時間を切っています。またチケットの価格が高騰していることは、インターネットで見て、すぐにわかりました。何しろ50ドルのチケットがまだ4回戦であるにも関わらず、プレミアが付き、その6倍の300ドル前後で売りに出ているのです。最終的にはホテルのコンシェルジェにお願いし、幸運にも一枚150ドルのチケットを探し当てたという連絡が入りました。即決で購入です。

USオープンが開催されるテニス競技場には2つの大きなスタジアムがあります。大きいアーサーアッシュと、小さいアームストロングの2つです。それぞれ連日複数の試合が行われるため、入場券はどちらか一つのスタジアムを選択して購入することになります。この仕組みが結構複雑で、わかりづらいのです。錦織選手の試合はアームストロングで予定され、9月1日午後7時頃のスタートとなっていました。そのチケットを取得できたというコンシェルジェの言葉を鵜呑みにした自分が甘かったのです。ホテルで封筒に入ったチケットを渡され、中をチェックすることもなく、スタジアムに直行、4時に到着しました。そしてチケットを封筒から出して入場しようとすると止められ、「このチケットは夜のチケットだから6時にならないと入場できない」と言われたのです。「何故だろう」と考えながらチケットを見てみると、何と、そこにはアーサーアッシュのチケットが入っていたのです。アーサーアッシュ側だけは昼と夜の2部制になっているため、夜のチケットでは6時まで入場できないのです。あわててチケットセンターに駆けつけて聞いてみると、「アーサーアッシュのチケットがあればアームストロングにも入れるのでこれで大丈夫」との説明。そして長い待ち時間を経て6時にゲートから入場し、アームストロングスタジアムを目指して駆けつけると、今度はそのスタジアムの入り口で、「この券では入れない」と宣告されてしまったのです。つまりチケットセンターのスタッフが言っていたことが間違いで、やはりアームストロングのチケットでなければ入場できないということです。そして中に入れないまま、遂に錦織選手の試合が始まってしまったのです。

大スタジアムでのテニス観戦は豪快

ここまで3時間も待って何もしない訳にはいかず、子供達を連れてアーサーアッシュで行われていた米国セリーナ・ウィリアムズ選手とフランスのブレモンド選手の4回戦を途中から観る事にしました。さすが世界最高峰のテニススタジアム、その規模には度肝を抜かれました。とにかくでかい。収容人数も23,157人と世界一を誇ります。試合の結果はセリーナ選手の圧勝で、2セットを瞬く間に連取し、すぐに終わりました。その後、スタジアムを出て、アームストロング前に移動すると、壁面に掲げられた特大スクリーンで、錦織選手の試合が生中継されていました。チケットを持たない観衆は、表に並ぶレストランでビールとハンバーガーを食べながら、テニスを大画面で楽しんでいます。そして8時も回り、錦織選手が2セットを落とし、崖っぷちの3セット目に突入した時、もう一度と思ってスタジアムのゲートに行ってお願いしてみると、「あそこにいるマネージャーに言えば入れてくれる」という天使のささやき!遂に入場許可を貰い、やっとスタジアム内で錦織選手のプレーを生で見ることができました。

時折飛ぶ日本語の声援、「頑張れ!」「ケイ!(名前)」がスタジアム内で響く中、第3セットは刻々と進み、錦織選手の敗戦の色が濃くなってきました。相手は19歳ながら、ここ最近めきめきと頭角を現してきたスペインの新星、デルポトロ選手。長身で爆発的なサーブを武器とし、ストロークの強打においては錦織選手とプレースタイルが大変良く似ています。とにかくスピード感溢れるプレーを満喫することができました。結果は残念ながら錦織選手の力負けでしたが、会場からの暖かい拍手は止むことがありませんでした。 第3セットのみの観戦であり、しかもスタジアムに辿り着くまでは嫌なことばかりの連続でしたが、そんな出来事を忘れてしまう程、最後はすがすがしい思いで「あっぱれ!」と錦織選手にエールを送ることができました。テニスプレーヤーの大きな夢を実現した錦織選手に、祝福あれ!

(文・中島尚彦)

© 日本シティジャーナル編集部