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成田国際空港の陥落
強力な行政手腕と徹底したコスト削減が再起の秘訣

平成22年10月2日、成田空港の年間発着枠を30万回に拡大する計画が実現する見通しとなったことが、新聞で報道されました。

羽田空港(羽田)の国際化が瞬く間に現実化したことで、成田国際空港株式会社(NAA)の経営陣も更なる危機感を感じたのでしょうか、現在の22万回という成田空港の年間発着枠を8万回増加させる計画を打ち出すことにより、NAAは「羽田空港の国際化に対抗できる」とコメントしたのです。しかしながら、羽田の国際化は多くの利用者の「民意」を反映しており、満を持して国土交通省が公認したことに真っ向から対抗してよいものか、素朴な疑問を感じます。

一昔前から予定された羽田の国際化

羽田はこれまで国内線の就航に特化してきたにも関わらず、実際には成田より規模が大きい空港で、平成21年の取扱旅客数も約6200万人と、世界第5位を誇る巨大空港です。しかも、場所は首都圏のほぼ中心部、そして日本国内の主要都市と空路で結ばれていることから、旅客の利便性に優れたハブ機能の条件も兼ね備えています。その羽田が2010年、新しく生まれ変わりました。4本目のD滑走路の完成にこぎ着け、同時に国際線のターミナルも竣工し、その結果、これまで年間30万回を上限とした発着枠が、今後3年間で45万回までに拡大される見通しとなりました。

成田が目標発着数30万回に対し、羽田はその1.5倍、しかも決定的な違いは、羽田は国内線の乗り継ぎが可能なだけでなく、24時間空港としての運用も視野に入れていることです。実際、当初6万回に設定されている国際線の内、およそ半分にあたる3万回については深夜、早朝の発着になります。その夜間枠の活用により、日中に余裕が生まれ、昼間の発着枠も更に増加させることができるという仕組みです。

羽田の国際化はここ数年で決まったものではなく、以前から行政の主導により着々と進められてきたことは明らかです。例えば、2002年6月25日、国土交通省は「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」と呼ばれる閣議決定で「羽田空港を再拡張し、2000年代後半までに国際定期便の就航を図る」ことを決定しています。このように少なくとも10年程前から羽田空港の国際化については、その重要性が認識されていたのです。

羽田が本当に成田の競争相手?

この羽田空港が、本当に成田空港の競争相手なのでしょうか?千葉県の森田知事は2009年10月14日、当時の国土交通大臣、前原氏と会談後、「国内線は羽田、国際線は成田という原則を確認した」と説明し、行政による線引きを期待しました。しかし、実際問題として国際空港から国内線を分離すること自体、空港の死活問題となる為、大臣は明言を避けていたようです。昨今の森田県知事や、成田市長の羽田空港国際化に対する怒りの発言は、県民、市民に対する単なる気休めのパフォーマンスにしかすぎません。

国内外を結ぶハブ空港が存在しない日本だからこそ、羽田の国際化は急務であり、そのハブ機能を実現できる空港は目先、国内では羽田しか存在しません。多くの国民が羽田のハブ化、国際化を望み、国家の威信が問われているだけに、羽田と成田は競争相手ではなく、あくまで共存を前提としたパートナーとして、双方が歩み寄ることが不可欠です。

手ごわい仁川国際空港の存在

地方空港から海外へ旅立とうとする場合、国内線の多くが成田や関西国際空港に直結していない為、一旦は国内便で羽田や伊丹に飛んだ後、そこからリムジンバスや電車等で成田、関空まで1時間以上も移動しなければなりません。その不便さに目をつけて、一気にハブ空港の座を奪ったのが韓国の仁川(インチョン)空港です。2001年の設立当初から積極的に日本の地方空港との定期便を就航させることを戦略的に重視し、地方航空の国際化に貢献した仁川空港は、日本の空港事情を一変させました。

アジアのハブを目指す仁川空港の初年度の旅客数は1450万人。その後も着々と利用者が増加し、2007年には年間3000万人を超えました。仁川を経由する乗り継ぎ旅客数も同様に増加して2009年では520万人となり、内、日本人が3分の1以上を占めています。これは日本の地方空港から仁川をハブとして、他国に飛び立った日本人が如何に多いかを意味しています。地方に住む日本人にとっては、空港間の移動が無く、運賃も割安で、しかも空港施設が充実している仁川を経由する便は、実に便利でありがたい路線なのです。

2010年現在、仁川空港は日本の28都市と空路でつながり、着実に旅客数を伸ばしています。その反面、成田からの国内線は8都市に限られ、便数も殆どの都市が1日1便のみです。関空においては2兆5千億円も費やして建設されたにも関わらず、国内線はわずか6都市のみです。そして国際線の路線数は既に減少傾向にあり、旅客数も1600万人前後と低迷しています。それ故、大阪府の橋本知事は関空を、「大欠陥空港」と呼ばざるを得なかったのです。

仁川国際空港が成功した理由

成田と関空の弱体化を尻目に、競合する仁川空港は飛躍し続けています。THE WORLD’S BEST AIRPORTS 2009や、世界空港サービス評価によると、乗り継ぎの利便性を含む総合的なランキングにおいて、仁川空港は香港国際空港やシンガポールのチャンギ国際空港を凌いで世界一に位置付けられています。仁川が成功した理由は明確です。まず、利便性を考慮した24時間空港であること。次に、最先端の設備を導入し、出入国に時間がかからないデザイン・コンセプトを導入したこと。そして文化的な要素を含む優れた施設を取り入れ、テーマパーク化して旅客ニーズに応えたことが挙げられます。 更に注目すべきは優れた価格競争力です。ジャンボ機の着陸料は2500ドル弱と、成田の9500ドルとは比較にならぬ程の低コストを実現し、海外航空会社を誘致し易くしたのです。また、物流拠点としてのインフラも兼ね備え、これらを早期に実現させた韓国政府主導による行政のリーダーシップにも要注目です。戦略的なアジアのハブ空港として、瞬く間に「ヒト・モノ・情報」の交流拠点となった仁川空港のサクセス・ストーリーは、あっぱれとしか言い様がありません。

国際空港問題に解決策はあるのか

仁川空港に完敗を喫する最中、成田が再浮上する術はあるのでしょうか。まず、交通機関のハブとなる都市が栄えることが歴史の常である認識に立ち、成田空港もハブ空港として返り咲きしなければなりません。国際線と国内線の線引きに長年固執して様々な利権問題に時間を費やしすぎた為、ハブ化への取り組みが遅れたことを猛省し、今後は国内路線をより充実させ、地方空港への乗り継ぎの容易さもアピールしなければなりませんが、これが困難を極めます。

成田と同様に、行政の失策から国際線と国内線の分離に悩む関空も、国内路線を持たない欠陥空港のまま行き詰まり、海外勢の餌食となってしまったのです。伊丹は確かに大阪駅に近く利便性に優れていますが、大阪府の橋本知事が断固主張しているように伊丹を撤廃して国内線を統合しない限り、関空の将来はないという見解に賛同せざるをえない程、事態は深刻です。ところが成田の場合は羽田の規模、役割が大きすぎて撤廃の選択肢さえなく、独自の路線を模索するしかないのです。

更なる問題は、成田と関空に機能が整備される以前に、地方空港に対して国際線の運航許可を安易に与えてしまい、ハブ機能が海外に流出したことです。成田空港界隈では土地の利権問題や騒音問題が絡む地元住民とのいざこざが今もって絶えませんが、そんな悠長なことを言っている暇はもうありません。お隣の国、韓国に、本来は成田が持つべきハブ機能をそっくり取られた今、行政の断固たる介入が不可欠です。そして成田も国内線を増便することに努め、同時に地方空港の国際化に待ったをかけなければなりません。

更に海外の航空会社の乗り入れも積極的に誘致し、成田をアジアのハブとして路線展開が出来るように配慮することが大切です。その為にはまず、着陸料の大幅な削減が必須です。単刀直入に提案するならば、航空機の着陸料を仁川空港と同レベルまで一気に引き下げるべきです。

NAAは2009年、着陸料を含む空港運営事業からおよそ1000億円の収益を上げ、最終的には企業全体で45億円の利益を計上しています。まだ高コスト体質に思いきったメスを入れてないことからしても、値下げの余力は十分にあります。収入の大半を着陸料が占める為、着陸料を半減すれば300~400億円程度の減収は避けられず、目先は赤字に転落してしまうかもしれません。しかし今後は発着数の枠が増えたことから航空会社の乗り入れは確実に増え、また、コスト削減を徹底して断行することにより、短期間で減収分を穴埋めして黒字化を達成できるはずです。

着陸料の是正と同時に、航空運賃の問題も見直さなければなりません。確かに日本でもディスカウント航空運賃は海外並みに安くなりましたが、海外で航空券を購入する場合、未だに日本経由の便は航空運賃が異常に高くなるというジャパンプレミアムがまかり通っています。米国ロスアンジェルスと成田間におけるJALのファーストクラス運賃を一例とすると、通常の往復運賃は17876ドル、およそ150万円です。ところが同じロスアンジェルスから成田経由で仁川まで飛ぶと、運賃は半値以下の7838ドルと70万円にもなりません。成田を通って日本よりも遠い終点に飛ぶ方が、成田で降りるよりも運賃が半額以下になるとは、どういうことでしょうか。しかもその切符では成田で降りることは許されず、一旦飛行機を降りてしまうと、国内正規料金との差額が徴収されることになっています。これでは外国人観光客が日本に寄りつかなくなるだけでなく、結果として、日本発の正規運賃が絡む航空券が敬遠されることになります。このような航空運賃の不公平は早急に是正されるべきです。

24時間空港の課題も含め、成田が抱える問題は山積みです。しかし、仁川が実践していることを成田ができない訳がありません。今一度、決死の覚悟でチャレンジする空港の経営陣と、行政の指導者が現れることを願って止みません。

(文・中島尚彦)

© 日本シティジャーナル編集部