日本シティジャーナルロゴ

第1回

澄み渡る碧空の下ふうっと金もくせいの香りがする…、と松茸が、そして永い眠りから醒めた春浅い日、桜の花の香りに誘われて(たけのこ)が目を醒まします。

雄大な山々を背にずっしりと鎮まる社寺の甍。千年余の都にめぐり来る四季は、今年もそれぞれに美しい風情と幸を携えてくれます。

いづこからとも花の所在明かでないが、金もくせいが遠くから薫り来て黄金色(こがねいろ)にこぼれ咲く様さまは松茸の豊作につながり、そして近づくと花びらが薄紅(うすべに)(うるお)い咲く桜花の美は筍の句を(うた)うものであるとか…。

春秋に代表される京の山里の幸は、いずれもこれら美しい花の色香にようて(あざな)われるのはいつ誰が知り得たのでありましょうか。初霜に柚子が黄ばみ出すと大根が出番を待つ。このように花に香りに実に名ぞらえて旬を知る(よすが)とした京の暮らしの智恵は、昨今のような便利な道具に頼りすぎず科学の力におぼれ過ぎず、素朴な自然の花と木に心寄せては「旬」を知る何とおおらかな先人の英智でありましょうか。

そうした究極の(わざ)は、生きる道しるべとして今日私達に、他にもたくさん残されていますが…。

さて「お番菜」とは「番茶」「番傘」などと同様「常」のことで、つまり日常食卓に並ぶ「お惣菜」「おかづ」の事です。それには何よりも「旬」の食材が選ばれますがその「旬」とは、ただ(たん)にその時期たくさん採れた「安価」なものであるという意味ではなく、大自然のあらゆる恵みを存分に吸収(きゅうしゅう)した今、成育したばかりの宝物を「旬」をいただくとし、「医食同源」にこれ以上のものはないのがお番菜でありましょう。京野菜と共に、またお番菜には永い永い王城の地の歴史的行事を伴いつつ伝えて参りました伝統がございます。それらは申すに及ばず「安心」という実印にうら打ちされた味覚として私達の身体に伝承され、子や孫に知らぬ間に代々つながり生き続けています。

先祖の安穏の安心料が実績となって身体のどこかに生き続ける…。

それがお番菜でありましょう。そしてグルメとは、いかに目新しく、美しくエキゾチックな色彩であっても、自らが食しながら「自らが実験台にあって、自らの身体で試している事の勇気」を自覚せねばならないことにあります。先祖の安心料の実印が押され、私達の体の構成をして来ましたお番菜に対してグルメは精神的な栄養剤と解したくなる私ですが。

(文・今井幸代)

今井 幸代

代々旧御室御所仁和寺領の庄屋を務めた家に生まれる。
現NHK文化センター講師(京都教室・青山教室) 琴・華道は師範、ほかに茶道・仕舞・日舞・ピアノ他、京の芸事全般を習得。趣味は料理・漆器特に日本建築。
テレビ(地元KBS)・ラジオに出演中、著書多数。世界の食をリードする雑誌S A V E U R(サブール)の選ぶ「世界の100人」に日本人唯一人選出されている。

© 日本シティジャーナル編集部