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ヨットでビール

ヨット

伊豆大島を越えると、そこは黒潮が川のように流れています。黒潮の別名を黒瀬川と呼ぶ理由も、実際にその流れの中に入り潮の流れを目の当たりにすると感動すら覚えます。この広い海全体が川になってしまったの?万一ここで海に落ちてしまうとハワイまで流されてしまうのかと少し恐い気持ちになってしまいます。海の色は浜辺でのきれいな青い色と違い、黒に近い青色。波の大きさも、本物の太平洋はこうだと言わんばかりの迫力で迫ってきます。波にもまれているうちに艇も人間も自然の中に溶け込んでいき、先ほど感じた恐怖感もどこかへ吹き飛んでいってしまいます。風まかせのヨットは夏の南東風を受け快調に水しぶきを上げ、艇の上では遠く伊豆半島を眺めながら冷たいビールに喉を潤します。年に一度この瞬間のためにのみ働いているといっても過言ではない程の幸せな充実感を感じる一瞬です。

ヨットは日本ではまだまだ金持ちの道楽、または堀江謙一さんに代表される一部の冒険家(少し古すぎるかな)のスポーツとしか認知されていない面があります。しかし実際は、私のように年に1、2回のクルージングのために仲間と共同で中古の艇を購入している人々も増えてきています。近年安くなったゴルフと比べても、確実に安上がりなことを知っている人はまだまだ少ないようです。風さえあればガソリン代もかからず、魚が釣れれば食費も安上がり。もっと多くの人にヨットの素晴らしさ、海の本当の姿を理解してもらいたいと思いこの欄を借り皆様にそのことをお伝えしていきたいと思います。

この私もヨットにはじめて出会ったのは大学時代です。サークルの勧誘をしていた年上のお姉さん(あたりまえですね)の“葉山でヨット”という甘い言葉に誘われるまま、試乗会と称する合宿所に連行されたのが運のつき。4月寒空の中2人乗りのヨット(スナイプという種類)に乗せられ、学生というよりはヤクザの親分のほうが似合っている先輩といきなりレースの練習に参加。「そこのロープを引け、足を掛けて体を乗り出せ」と言われるがままに、冷たい水をかぶりながら耐えること十数分。海上に浮かぶブイを指差され「あそこを回るぞ、準備しろ」と言われたものの何をするか全く解らず、でも大きな声で「はい」と返事をした瞬間、ブイを回った艇はそのままひっくり返り、私は4月の海で海水浴をするはめに。頭の上からは先ほどのテキヤのお兄さん(いや先輩)の「何やってんだバカヤロー」と心温まる言葉を頂戴し、救助のモーターボートに助け上げられるまでの時間の長かったこと。助け上げられると海の中では感じなかった寒さが、Gパンにジャンパーのおよそマリンスポーツとは程遠い普通の格好でいた身に急激に襲いかかり全身ガタガタと震えが止まりませんでした。こんな初体験ではありましたが、風だけですべるように走り始めたあの感覚は、初めて自転車に補助輪ナシで乗れたときよりも新鮮で何とも言えない気分でした。こうして大学の体育会ヨット部へ入部し、私のヨット人生がスタートしました。

ヨットにも一人乗りの小さな物から全長30m、近年日本も参加し話題になったアメリカンカップまで様々ですが、風を受けて走る原理は全て同じです。風だけで動いているためスピードが出てもエンジンの音は聞こえず、聞こえるのは風の音と波の音だけです。適度な風さえ吹けば自転車と同じスピードはあっという間、ちょっと強い風に恵まれればモーターボートと同じように海の上を飛ぶように駆け抜けていきます。泊まっていた艇のシートを引きこみ、セール(帆)が風をはらむとゆっくりと動き始め、舳先から波を切るポチャポチャという音が聞こえ始めると顔をよぎる風も勢いを増してきます。海岸線を離れるとそこは道もない、どこへいこうと自由の世界です。一日中水平線をながめ波に揺られていると時間はあっという間に過ぎ、日暮れとともに戻ると心地よい疲れが頭の中を空っぽにしてくれます。

日頃ストレスを受けている体に新鮮な潮風と太陽の光は精気を蘇らせてくれます。紫外線の浴びすぎは健康に悪いことはこの際忘れ、精神状態が良ければ体も快調になることをひたすら信じましょう。朝から海の上で飲むビールも体には良くないことはわかっているけれど、私にはやめられません。

近くの印旛沼で仕事の合間に、ちょっとヨットを楽しみたいと思う人も多々(少々?)いるかと思います。今のヘドロ状態を3年後、5年後には底まで見えるきれいな水に替え、ヨットばかりでなく暑い日には水泳も楽しめるようにしたいものですね。

(文:高坂昌信)

© 日本シティジャーナル編集部