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ヨットで泳ぐ

ヨット

その1

待ちかねていた夏の短い休みの一日。名古屋の営業所で営業会議を終えたその足で、そのまま初めて訪れる伊勢の海。夕方3時過ぎ、終点賢島の駅を降りて民宿に電話をし、指示された岸壁で待つこと十数分。波を蹴立てて海の上をかっとんで来たのは養殖真珠のための船外機付の和船。本日宿泊予定の民宿のおやじさんです。岸壁から飛び乗り、わが庭のように養殖の網の間を縫って走りながら"荷物は持っていってやるから皆のいるところへ連れて行ってやるよ"と言われ、目指すは御座の海岸沖。そうです、今日は仕事の都合で出発には間に合わなかったものの、最後だけはどうしても参加したかったクルージングメンバーに合流する日です。目指す御座沖に浮かぶヨットに乗り込むとそこには今日一日太陽を浴び、昼間から一杯飲んだおじさんたちが"待ってたぞ"と暖かく迎えてくれました。取りあえず冷たいビールでも一杯飲んでと思いながら海水パンツに着替えたところ、"一杯飲む前にちょっとあれとってきてくれ"と指示されたのは海の底に沈むゴムボートのオール受けの金具。単なる居候で一番の若輩者としては断ることなぞとんでもなく、"わかりました"と一声あげて海へ飛び込み、3m下の海底に落ちている金具を拾いに一潜り。準備運動もなかったためかなり苦しい思いをしながら、無事金具を回収。よくやった、ご苦労さんと声を掛けられたのもつかの間、"さあ帰ろう"との一声で船は民宿に戻りはじめました。実は落とした金具を誰が取りに行くかでもめていたところに、ちょうどいいタイミングで私が登場したということでした。次の朝早くにヨットは戻ってしまい、この夏の唯一の海水浴はこの一潜りで終わりました。

その2

ヨットでならではの海水浴は、何といっても海の真中で泳ぐことです。夏の風のない日は、普通では行けない海の真中で船を泊めて海水浴タイムです。水深数千m、周囲360度何も見えない大きな海はまるでプライベートプール。大きなうねりに身をまかせながら、この水深数千mのプールで泳ぐのは何ともいえない気分です。こういう一番贅沢な海水浴を知ってしまうと、人ごみにまみれ、海岸で砂だらけになって泳ぐ海水浴は、海水浴といえども全く別物です。当然のことながら、ロープを流して船から離れてしまわないよう準備の上で泳いでいます。流されてしまったら命にかかわりますからね。

その3

クルージングの楽しみの一つは、誰も知らない秘密の場所を見つけることです。今回初めて訪れた西伊豆の海岸で見つけた場所は、ちょっとした入り江の真中に浮かぶ小さな小島。海岸にはチョット窪んだ洞窟のような場所もあり、脇には白砂の砂浜、陸側からは断崖絶壁のため絶対に訪れることのできない最高の場所でした。当然のことながら錨をおろすと同時に全員海水浴をはじめ、記念写真を取りながら遊びました。と、突然スピーカーから流れる案内の声。何事かと思うまもなく現れたのは、西伊豆を巡る観光船。満員のお客さんをのせたその観光船はその小島のまわりを回り、気持ちよく泳いでいる私たちの脇を案内のテープの声とともに通っていきました。どこが秘密の場所なんだと残念がりましたが、考えようによっては観光船が通るほどの場所を初めて来た我々が見つけてしまうとはなんと素晴らしいことだろうと思うことにしました。ただ30分に1回観光船が巡ってくるのには参りました。夏の書き入れ時、観光船もフル回転だったようです。

その4

ヨットで海水浴といえば、何といってもヨットが引っくり返ったときが最高です。ディンギと呼ばれる一人乗り/二人乗りのヨットは、強い風でバランスを崩すとすぐに引っくり返ります(専門用語ではチン「沈」する、といいます)。引っくり返ると必ず一人は海に浸かり、ちらばったロープ類を整理しながら起き上がるのを待ちます。夏だけではなく、春も秋もそして冬も泳ぎます。冬の海は思ったよりも温かく、泳いでいる間はそれほど問題はありません。ただ、海から出た瞬間冷たい北風が体温を奪い、指先は言うことを聞かず、唇は紫色になります。そんな状態でも陸に戻るためには、ロープを引き体を動かしバランスをとりながら自分の力でヨットを操らなければいけません。

こんな一日の終わったあとに入るお風呂は、どんなに砂混じりの濁ったお湯であろうと最高級の温泉と同じか、それ以上の幸せを与えてくれます。今日もどこかで冬の海を泳いでいるヨットマンがいる事でしょう。

(文:高坂昌信)

© 日本シティジャーナル編集部