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本船

ヨット

ヨットに乗っているときには何気なく使っているものの、普通の人にはわかりにくい言葉のひとつに“本船”という言葉があります。辞書で調べてもわかるように、普通は自分が乗っている船のことを本船と呼ぶのが一般的です。ところが、ヨットに乗っている場合は本船というと「大きな船」という意味でも使われます。“3時方向本船あり”“この本船は後ろをかわしましょう”“これ以上北にいくと本船航路にかかります”等と言った場合、これは全て自分の乗っている船ではなく、貨物船、客船、軍艦など自分以外の船を指しています。明確な言葉の定義はありませんが、モーターボートや漁船、帆船は本船とは呼ぶことはありません。とにかく大きければ何でも“本船”なので東京湾の入り口、浦賀水道では右も左も“本船”だらけです。ヨットから見ると“本船”は数十倍から巨大タンカーに至っては数百倍の大きさのため、大人と子供どころではなく人間と蟻んこ位の差があります。万一衝突したら間違いなくヨットは大破し沈没、本船側はペンキがちょっとはげる程度で、本船側の乗組員は衝突現場を見ていなければぶつかったことすら感じることもないでしょう。従ってヨット乗りにとって本船というのはあまり近づきたくない危険なもののひとつです。

とはいいながらも晴天の下、浦賀水道を次から次に通り過ぎる本船は、世界各国の国旗を船尾に掲げ、コンテナ船、自動車輸送船、客船、護衛艦、タンカー、フェリーボート、とバラエティに富んでいます。実際に目の前を通り過ぎる船を見ていると、子供の頃に擦り切れるほど見ていた“船の図鑑”が目の前に展開されているようで、50歳を目前にした今でも心わくわくしてしまうものです。今までの中でメンバー一同が一番盛り上がったのは、海上自衛隊の潜水艦が実際に走っているのを目の前で見たときです。映画やテレビでしか見たことの無い潜水艦が丸い船体を半分沈め、波をくぐりぬけるような状態で通過した時は思わずカメラを手にしていました。現在の軍事戦略では尤も重要視されている潜水艦をこんなミーハー気分でただ喜んで見ていてもいいのかという、若干後ろめたい気持ちもあるものの、単純に感動したものでした。こんな気持ちは同乗した人には皆共通しているようで、特にはじめて乗った人はほんの50m先を通り過ぎる、久里浜から金谷に向うフェリーを見ただけでも感動しています。

私自身、父が船乗りだったこともあり、東京湾に戻ってくる本船を見ると、親父もこの風景を何度も見ながら、「外国に向かうのに1ヶ月以上家を留守にして、久しく顔を合わせていなかった家族とあと数時間で再会することができる」と思いながら船に乗っていたのだろうと想像すると、チョット感傷にひたってしまう事もあります。一昔前は船員の家族は国内の航海には同乗することも許されていたため(本当は許されていなかったのかもしれませんが今となってはわかりません)、私が小学校低学年の頃、貨物船で名古屋から横浜まで乗せてもらったこともあり、40年前にはあの丸い窓の内側から同じ景色を眺めていたのだと、薄れてきた記憶を思い起こします。今でも親父と同じ思いを持った船乗りが仕事で行き来しているなか、あくまでも遊びでフラフラとしているヨットは仕事の邪魔にならないようにと気を遣い、本船の間をぬって東京湾でのセーリングを楽しんでいます。

(文:高坂昌信)

© 日本シティジャーナル編集部