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温浴施設の建設中止を求める その2

成田市が進めている温浴施設の建設計画の発端は、現在稼働しているいずみ清掃工場の老朽化に伴い、新たな清掃工場の建設が必要となったことにあります。昭和63年11月、新しい清掃工場の建設候補地として豊住地区の山砂採取跡地が提案され、平成4年9月、地元住民の反対意見を退け、市議会において建設計画が決定しました。しかし、平成8年、当時の小川国彦市長が新清掃工場の建設計画を白紙撤回したことから、事態は混迷を極めることになります。その後、平成11年には、国の「ゴミ処理広域化方針」に基づき「千葉県ゴミ処理広域化計画」が策定され、翌年、成田市と富里市が共同で成田市内に清掃工場を建設する運びとなったのです。建設用地としては、過去の経緯を踏まえた上で、現在のいずみ清掃工場のある野毛平工業団地が選択されました。既に清掃工場が稼働していること、周辺地域は工場が多く比較的住宅が少ないこと、そして成田空港の騒音対策地域にもなっていることから、最もふさわしいロケーションとして選別された訳です。

この建設を地域住民に受け入れてもらうための地域振興策の一環として、市民アンケートや地域住民のヒアリングにおいて、最もリクエストの多かった温水プールを備えた温浴施設の建設案が、新清掃工場の建設に伴う余熱利用施設として浮上しました。この地域振興策は、単に施設の利用価値という直接の恩恵だけでなく、地元への経済的なメリットをもたらします。まず、周辺道路が新規に整備されることにより、特に道路沿いの地価が上昇し、地権者の資産価値が上がります。また、建設用地を相場の上限とも言える高い坪単価で行政が土地を買い上げることで、買収交渉の早期決着が可能となりますが、これも地権者への恩恵の一つと言えます。

温浴施設の建設計画の問題点

しかしこの温浴施設の計画には、問題が山積みです。まず最初の問題は、立案から長い年月が経過した為、施設の設計が一世代前の古いコンセプトに基づくものであり、時代の変化を反映していない点です。陳腐化した原案のままでは、時代のニーズにマッチした施設にはならないということです。今や、温浴施設そのものが高級感と落ち着いた雰囲気に満ちていることはもちろん、最近のフィットネスブームを反映して、水泳プールやフィットネス器具、浴場施設等も、本格的かつ高級感のあるものでなければ、利用者が定着しないのです。つまり、温浴プール中心のコンセプト自体がもはや古いのです。

また、これ程の大規模な温浴施設の建設計画であれば、建設する前にまず立地条件を調査し、できるだけ利用が見込める場所を選ぶことが不可欠です。ところが、最初からゴミ焼却場の余熱を利用しなければならないという制約があるために、ロケーションは工業団地に隣接する山林に限定され、利便性の課題が残ります。しかも、新たに道路整備までしなければならず、コスト面の問題も顕著です。

更に大きな問題は、きちんとした経営企画が立てられていないことです。民営企業ならば、まず経営企画案を練り、それに沿って施設内容を検討し、最終的に予算を組み、適正な利潤が得られるかどうかを精査した上で、プロジェクトの是非を判断します。ところが建設が予め決まっている行政の企画は、いざとなれば赤字を税金で補填できるという安易な甘えもあるからでしょうか、運用についてきちんとした議論や詰めの作業を経ないまま、計画を推し進めてしまいがちです。その結果、費用対効果について十分な検証が行われず、赤字プロジェクトになる危険を抱えたまま、GOサインが出てしまうのです。つい先日、成田市の議員からも、「施設を作るのは決定しているが、内容や予算についてはこれから十分に検討する」という話を伺ったばかりです。果たして、このような考えでよいのでしょうか。

そもそも市側のコメントでは、アンケート結果から市民が温浴施設の建設を望んでいるとのことですが、その意見はどの程度信憑性があるのでしょうか?まず、市民の民意を反映するデータのサンプルとしては、余りに回答者の数が少なく、考慮の対象になりません。しかも、建築コストを含めた温浴施設の全体像が十分に説明しきれていない状況で、プロジェクトの是非についてのアンケートを行っても意味がないのです。

税金の無駄遣いとなる過剰施設

今回の予算は45億円(別途土地の購入代金約5億円)で、温浴施設と体験学習用の施設、多目的広場や駐車場、里山の遊歩道を整備するという大規模な計画案です。しかし、多目的広場や里山の遊歩道は本当に必要なのでしょうか? 約12haもの自然豊かな里山を大規模に削り、整地する必要があるのでしょうか?同様の施設に30数億円もかけて造成した坂田ヶ池公園があり、その公園でさえも利用者が大変少ないというのに、どうやって差別化するのか疑問が残ります。加えて産直野菜の販売、安全な食事の提供、都市と農村の交流の拠点など、いずれもこの場所で行う必要があるのか疑問です。それこそ既存の保健福祉館や、公民館、市役所で行った方が、市民にとっての利便性は向上するはずです。

しかも、ゴミ焼却施設の近くにある温浴施設は、前述した通り市街地から離れている為、交通の便が悪く、市民が利用するには立ち寄りにくい場所なのです。成田市の例でいえば、坂田ヶ池公園や保健福祉館なども同様であり、利便性に欠けるロケーションでの事業展開は極めて難しいと言えます。成田市の計画書によれば、当初の利用者数は年間4万3000人と算出されましたが、1日平均120人の利用者であっても、特に少ない訳ではありません。この数字を前提に入場料が500円と仮定しても、入場料収入は年間で2150万円です。その他、飲食代などを加味しても、年間1億円の売上を超えることは難しいのではないでしょうか。他の行政が運営する類似施設では、本件よりも小規模な施設でさえ、年間1~2億円程度の維持管理費がかかっていることから、余程の人気施設にならない限り、大幅な赤字経営になることは明らかです。年間5万人にも満たない利用者の為に、50億円もの予算をかけ、年間1~2億円を越える維持管理費が必要な施設を新たに作る必要が果たしてあるのでしょうか?

余熱を利用した温浴施設が登場する訳

清掃工場の余熱を利用した温浴施設は、全国に100ヶ所以上あります。これはゴミの排出量の増加、最終処分場の確保が困難になってきていることと無関係ではありません。平成9年に厚生省は、ダイオキシン対策として焼却施設の大規模化・広域化を自治体に要請しています。これに加えて、環境省が主導する「廃棄物処理施設における温暖化対策事業」に関連して、二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金が用意されている為、これを目当てに、日本各地の自治体は、近隣の市町村と共同で新しいゴミ焼却施設の建設を推進し、余熱を利用した温浴施設を続々と建設してきたのです。

これらの既存施設を調査して驚くのは、そのプロジェクトの理念が横並びと言って良い程、似たり寄ったりであるということです。キーワードは「高齢者や障害者の健康づくり」「住民のふれあいの場」「老齢者から子供までが、一緒に楽しめる憩いの場」、どこかで聞いたことのあるコンセプトがずらりと並んでいます。たしかに、健康増進や住民の憩いの場という耳触りのよいフレーズは、反対を唱えにくく、公共の施設を建設するための名目としてはこれ以上ない魔法の言葉と言えるでしょう。だからこそ、大半の公共の温浴施設がこぞって採用しているのです。ですが、健康増進や憩いの場というのは、箱モノを用意すればよいというものではなく、綿密な運営計画なしには成り立たないのです。

公共の温浴施設の行く末は

福岡県の「タラソ福岡」は、官民が協力して運営しながらも経営破綻してしまった事例であり、様々な教訓を残しました。福岡市もゴミ焼却施設を建設するにあたり、余熱を効率的に利用した、温浴施設(タラソテラピー)を造ることにより、地域住民の要望に応えようとしたのです。このプロジェクトには、行政と民間企業が協力して事業展開を営むPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)が導入されました。施工業者である大木建設を中心とした民間事業者グループは資金調達をしながら経営に参加し、民営の経営ノウハウを活用することを目論み、事業パートナーである福岡市は土地と電力を無償で供給し、公共サービスを提供してもらう代償としてサービス提供料を支払うという仕組みです。こうして、お互いのリスクを分散し、運営ノウハウを持つ事業者が施設の運営に当たることで、クオリティの高いサービスが提供できるはずでした。

しかし、この試みは施設のオープンから2年もたたないうちに破綻しました。その理由は明白です。当初、25万人と予想した年間利用者数が11万人と、目標を大きく下回り、見込みが甘かったこと。レストランやショップ施設が中途半端な為、顧客のニーズに合わずに利用者一人当たりの売上が見込みを大幅に下回ったこと。そして、温浴プールでありながら、水泳には適さない温かめの水の中を歩く為の施設であったことから、プールで泳ぎたい市民からは敬遠されたことも致命傷となりました。つまり、今時の市民が求めている、本当にゆとりと高級感のある多目的施設ではなく、一世代前のお粗末なデザインに基づく建物であったことが、失敗した最大の原因なのです。

PFIを導入し民間を利用したにも関わらず、タラソ福岡が失敗に終わったことからも、如何に温浴施設の企画運営が難しいかを垣間見ることができます。例え、サービス業のノウハウを持った企業が参入し、積極的に利用者のニーズにあった運営努力を行おうとしても、現実問題として、デザインコンセプトにちょっとした不備があるだけで、顧客離れが進んでしまうのです。しかも、一旦コンクリートが流し込まれて箱モノが建てられてしまうと、行政の立場上、そう簡単には軌道修正できません。また、公的サービスを目的としている為、入場料もむやみに高く設定することもできず、改善するコストも掛けられないまま、行き詰ってしまいがちなのです。

成田市の総工費50億円といった法外な建設コストをかけて大規模な温浴施設を工業団地、ゴミ焼却施設の真横に作るというこの計画。さて、あなたは賛成しますか? それとも行政に見直しを迫りますか? 私たち、成田市民の本当の民意を確認する時が来ました。

(文・中島尚彦)

© 日本シティジャーナル編集部